川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                    最後の……



   家からそう遠くない動物霊園の藤井寺分院に、愛犬ネルは眠っている。
   亡くなってもう8年になるが、白い犬を見ると、今でも「ネル!」と声をかけたくなる。

   2階建ての分院の前を車で通るとき、車の窓が閉まっているのを確認したあと、
   建物の中まで声が届くように、大声で叫ぶ。
   「ネルちゃん、元気にしてる〜。ネルちゃーん、ネルちゃーん!」
   また始まったとばかり、夫は少しだけ車のスピードを落とす。

   自転車の時は、辺りを確かめて人影がないときは小声で、ネルちゃん元気?と声をかける。
   人がいるときは、唇だけを動かして呟く。
   話しかけると今も傍にいる気がするから不思議だ。
   それだけで、私の心は温かくなる。
   ネルはきっとこう答えているだろう。
   『ワタシは元気よ! お父さん、お母さんも元気でね!」って。

   貴女ほど健気な犬はいなかったよ。
   貴女が亡くなって、お父さんもお母さんももう犬を家族にするのはやめたよ。
   貴女は私たちにとって、最後の犬だよ。
   最後の……って、なんだかいいね。

   昨日の夜、夢をみたんだ。
   そうか、貴女がいた庭の椿が満開だからだ。


                       2019.3.8


   「甘えない犬」も読んでやって頂ければ嬉しいです。