川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                     飲み代


   老人が診察券の枚数を自慢げに話すのを、冷ややかな目で見ていた。
   なのにである。
   今、私のカード入れには、診察券がギュウギュウづめだ。
   国立病院・市立病院・中規模の総合病院・脳神経外科・かかりつけの内科・整形外科・皮膚科・
   眼科・歯科・整骨院、そこに新顔の耳鼻科が加わった。

   ある夜、頭の中で超新星爆発が起こったかと思われるほどの、酷い音がした。
   そして工事現場のような耳鳴り。
   耳鳴りは以前から馴染みではあったが、今回のは、様子が違った。
   病院で検査を受けると、医者は加齢性のものではないという。
   「えーっ。それじゃ一体!」、私は悲壮な声をあげた……と思う。

   大胆なくせに、病気に関しては蚤の心臓の、私の落ち込みがその日から始まった。
   これ以上診察券の枚数を増やすわけにはいかない。
   いまから心を鍛えなければならない。
   
   もう私は老人たちの会話を、冷ややかに聞かないだろう。
   それにしても、昔は飲み代に小遣いの大半を使っていたのに、いまや薬の飲み代に変わって
   いるのが、なんとも情けない。
   スケジュール帳が遊びで埋まっていたのに、病院通いで埋まっているのが情けない。

   どうやらわき目もふらずに、順調に、高齢者への道を歩んでいるらしい。
   あんなに、回り道や寄り道が好きだったのに……。



                    2018.6.7