川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                  ようやくの花



    「咲かないとチョン切るぞ!」
    水やりのたびに言い続けた紫陽花だ。
    だが紫陽花は私の脅しなどどこ吹く風と、一向に咲く気配がない。強情な花だ。
    まあ、いいか。大きな葉の緑色は梅雨空にそう悪くもないと、私は咲かない紫陽花に、
    憎まれ口をたたきながら水をやり続ける。

    葉ばかりの紫陽花に水をやり続けて何年になるだろう。
    ところがである。
    流石に、チョン切るぞ! の言葉を聞き飽きたのか、それとも可愛そうに思ったのか、
    ある朝、庭の片隅にひっそりと咲いた。
    花の色の、なんと清楚で、優しくはんなりと穏やかな事。
    全く私好みの花の色だ。
     
    そうか、私好みの色彩になるまで、咲くのをじっと我慢してたんだ。
    咲かないとチョン切るぞ、の言葉にもめげないで。

    でも、ごめんね。ほんとうに、ごめん。明日、切らせてね。
    せっかく咲いたのにね……。
    母の月命日なの。
    お墓に供えさせてね。紫陽花の好きな母だったから、きっと喜ぶよ。
    我が家の庭に咲いた紫陽花だから、それはもう、ことのほか。
                                     

 
                     2022.6.18