川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
エッセー  旅  たわごと    雑感 出版紹介 


             優しい音



    ポツポツ と降り始めの雨音
    しとしと  と心に染み入るような密やかな小雨の音
    さわさわと 風が木の葉を揺らす音

    そんな心を撫でてくれるような、優しい音が聞こえなくなった。

    夫の誕生日祝いは鉄板焼きだった。
    その店ではタレをつけて食べるのではなさそうだ。
    食材ごとに、ワサビ・白みそ・赤味噌・胡麻胡椒と使い分けるようだった。
    ホテルの中の店とあって、店内は静かだ。
    シェフの説明は一品ごとに丁寧で、品の良い話し方だ。
    夫や息子夫婦は頷きながら聞いている。
    
    シェフが話し終えたその時、息子が、
    「済みません。聞こえてないと思うので、もう1度言ってあげて下さい」
    と私の方を見た。
    シェフは少し驚いたようだったが、私の前で、心持ち大きめの声で話してくれた。

    「分かってたんだ……」

    息子の声は、優しい音だった。
    

                2019.10.5