川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                 私の宝物



    寂しくなったら私はクッキーの缶を開ける。
    はげた青色に、光沢の失せた金色の花柄の缶は、錆びついていて開けるのに苦労をする。
    宝物を扱うように胸に抱え、優しく力を込める。
    缶はなかなか開かない。もう少し力を込める。カサコソと音がする。

    缶は直径が22p、深さが6pほどの大きさだ。
    蓋がゆるみかけた。
    開いた!

    途端に立ち上がる、微かな鉛筆の匂い。
    40年近くたっているのに、消えない匂い。
    私は消えない過去に安堵し、大きく息を吸い込む。

    丸い缶いっぱいに詰まっているのは、ちびた鉛筆だ。
    緑色や朱色や縞模様、ドナルドダックやミッキーマウス、赤鉛筆も混じっていて、
    カラフルだ。
    濃さはHBから3Bまでだが、どれも芯が尖っている。
    
    小さな手が持てるぎりぎりのところまで使っていたのだ。
    そして、1本使い終えると丁寧に削り、缶に仕舞っていたのだ。
    小学校の入学祝にもらった、「かわかみじゅん」の名前入りの鉛筆は、短くなって、
    「かわか」の3文字だけしか読み取れない。

    物を大切にするようにとは教えたが、なにもここまでと、笑いが込み上げる。
    考え考え計算ドリルに取り組んでいる息子、漢字ノートのマス目をうめている息子が鮮明に
    甦る。

    鉛筆はどれも5、6センチの長さだ。
    1本を手に取り鼻先に近づける。香りが強くなる。
    木の香りだろうか、それとも芯だろうか。いつまでも鼻先から離せない。
    夏は汗ばんだ手で、冬はかじかんだ手に息を吹きかけながら握った鉛筆。
    缶には息子の頑張りが詰まっている。

    私は香りが減らいように、蓋を閉めた。
    寂しさは甘やかな温かさに変っている。
    息子は、ちびた鉛筆のことを覚えているだろうか。

    


                  2019.6.21