川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                私のひな祭り



    3月3日、女の子のいない我が家では、私のためにお雛祭りのまねごとをする。
    手作りの小さな男雛と女雛、そして色紙だけの雛飾りだ。
    それでも心が浮き立つから不思議だ。
    色紙は丸山岩根さんの「瑞祥三題」の一枚である。

    忘れられない思い出がある。
    ひな祭りの朝だった。
    母に「菱餅と言うものを食べてみたい」と駄々をこねると、
    母は、作っておいてあげると約束をしてくれた。
    私は学校にいる間中、桃色と白と緑、3色の菱餅のことで頭の中は一杯だった。

    小学校から喜び勇んで帰るや、
    「お母ちゃん、菱餅は?」と催促をした。すると母は困ったような顔で、モゾモゾと
    皿を差し出した。
    「何? これ」
    それは菱餅とは似ても似つかぬ、パンとも団子とも言えぬ代物だった。

    あの時の、私の失望と言ったら……。

    無性にあの日が思い出されて、ネットに「煙突のついたパン焼き器」と検索をした。
    ありました! 煙突付きの懐かしい器具が。
    「タミパンクラシック」というそうだ。1940年生まれのパン焼き器だとか。
    さっそく注文をした。

    お母ちゃん、あの日、こんな変な形のものなんか要らんと、お皿を突っ返してごめんね。 
    品物が届いたら、お母ちゃんのリベンジをするね。美味しいドーナツ型のパンを焼くね。
    でも、どう考えてもこの鍋で菱餅は焼かれへんよ。

    そうだ! 来年からお雛様の日は、煙突のついた鉄鍋でパンを焼く日にしよう。
    そして母の遺影の前で、一緒に食べよう。



    
                 2020.3.3.