川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                束の間の息子



   来ましたよ! 来ました、とうとう我が家にも。オレオレ詐欺が。
   もっとも定番であるはずのオレオレは使わずに、オレ○○と息子の名前を名乗って。
   どこで息子の名前を知ったのかと、気味が悪い。個人情報の保護の大切さを痛感します。
   その様子を再現しますね。

   昨日の10月9日、午後9時過ぎの事です。固定電話が鳴りました。
   「オレ○○。いま気管支炎で病院に来ていて……」
   「……」
   テレビの音で電話の声が聞き取りにくいので、私はテレビを切りました。
   それに私は耳が悪いのです。
   「聞こえてる?」
   「うん、聞こえてるよ」
   「実は酷い気管支炎で、いま病院で治療してもらったんだけど、ゴホッ、ゴホッ」
   くぐもった声です。
   「大丈夫なん? で、どこの病院に入院してるの?」
   「えっ、あああの、新大阪の病院。明日は家にいてるの?」
   「いてるよ。それで症状はどんなやの。命に別状はないの?」
   「明日電話する。その時に話もあるし」
   「じゃあ電話、待ってる。体、大事にね」
   「いまから医者に貰った薬を飲んで、寝るから」
   それで電話は切れました。
   夫が2階から「誰からの電話?」と降りてきました。
   「たぶん息子の名前をかたったオレオレ詐欺。名前を言うのもあるねんね」

   さっそく本物の息子に電話をしました。
   「飲んでるの? えらい騒がしいけど」、私は事の顛末を話しました。
   へえ、とちょっと驚いたあとで、
   「オレはご覧の通り元気です。ハハは元気?」
   相変わらず能天気なほどの明るい声です。
   息子への電話の後は、弟や甥などに電話を入れる有様。気味悪さ半分、面白がりが半分です。
   多分もう掛かってこないだろうというのが、皆の一致した意見です。

   ところが、
   今朝、9時過ぎに電話がかかりました。なんと律義な偽息子でしょう。
   夫がとりました。
   「お母ちゃんいる? いま病院からやけど」
   「そっちの番号を教えてくれる?」
   「ガチャン!」
   なんとも呆気ない幕切れです。
   それにしても翌日に掛けてくるか? 脇が甘いというかツメが甘いというか……。
   それとも、私はカモになりそうな頼りない母親に思えたのでしょうか。
   

   束の間の偽物の息子よ!
   事を起こすには、もっと綿密な事前のリサーチが必要だよ。
   それに悪事を働くには、賢さと慎重さが必要だよ。
   本物の息子の電話の第一声は、いつも決まって「元気か!」で始まるんだよ。
   それに心配シイの母親には、心配させるような話はしないんだよ。
   それに息子は決して10時以前に電話をしてこないんだ。母は朝が弱いのを知っているからね。
   君は最初からミスを犯していたんだよ。名前を名乗ったりして。
   

   君にもお母さんはいるでしょう。
   偽の息子に成りすましているときに、本当のお母さんの顔は浮かんでこないの?
   本当のお母さんには電話をしないの? 
   お母さんがおられるなら、「元気か!」って、電話をしてあげて欲しいな。
   
   
                      2018.10.10