川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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               東京へ行ってきた



    スマホに、素敵な夜景の東京駅が送られてきた。
    なんときらびやかな光の連なり、その輝きはまるでおとぎ話の世界だ。
    「行きたいなあ」と言うと、「じゃ行くか。誕生祝に」と息子が言った。


    4月1日は丁度、皇居乾通り一般公開の日だった。
    皇居外苑から入場口へ、そこで手荷物と身体検査を受けるのだが、私は鞄の中に飲みかけ
    のペットボトルを入れていた。係官から「中味を飲んでみてください」と言われ、ゴクリ。
    「はい、結構です。どうぞ」と通された。流石に厳しい検査である。
    坂下門をくぐり宮殿や宮内庁の建物を眺めながら、少し残っている桜を楽しむ。
    そして石垣の上の富士見多聞を横目に見ながら、「石垣は大阪城の方が立派やね」と、
    大阪びいきの私は憎まれ口をきく。
    だが内心では「皇居内を歩けて良かった。日本人だもの一生に一度は」と、充足感に
    満たされていた。

    次は、どこに行きたい? 
    「ハトバスに乗りたい。 2階建てのオープンバス!」「へえ?」
    いそいそと乗り込んだバスである。
    だが天井のないバスは、走ると容赦なく風が吹き込み、想像以上に寒い。
    あいにく曇り空で、おまけに気温も低い。私は亀のように首を縮める。
    ハトバスは靖国神社や半蔵門、千鳥ヶ淵など桜の名所を走った。
    「えっ、ここが千鳥ヶ淵? 昔、東映の映画でね、怪談千鳥ヶ淵というのがあってね。
    亡霊がでる話なの。映画ではおどろおどろしい淵だったけれど……」

    そのとき、頭上から花びらがバスの中に舞い落ちた。
    花びらは風にあおられ、薄桃色の雪が舞い散っているようだった。
    人々は両手を上げて、花びらを掬い取ろうと、掌をひらひらさせている。
    バスの中は賑やかだ。
    それにしても、亡霊役の千原しのぶ、綺麗だったなあ……。まるで桜の精。
    

    息子が祝ってくれる誕生会は、毎年決まって雨が降る。
    今年は降らないなと思っていたら、翌朝、路上やオープンカフェのテーブルが濡れていた。
    眠っている間に、ほんの少し降ったのだ。毎年のお約束事。律義な雨だ。
    どこかホッとしている私がいたりして……。
    

                  2023.4.1