川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                 東北東



    今年の恵方は「東北東」だとか。
    お約束通り、我が家でも巻きずしの丸かぶりを食べる。
    いつごろから食べ始めたかは定かではないが、50年以上、一言も発しないで食べていること
    は間違いない。
    夫には海鮮の太巻き、私は山菜の恵方巻きにした。

    ところがである。
    今年は1本まるまるを食べられそうにもない。昼食に食べた天婦羅がこたえている。
    仕方なく半分に切り、夫の皿に載せた。
    「ああ、幸運が半分に減る〜。無理して食べようかなあ。でも鰯も厄除け饅頭も食べな
    あかんし……」と、未練気に半分の寿司を眺めている。


    子供の頃、無言で食べる巻きずしがおかしくておかしくて仕方がなかった。
    なぜ、あんなにも可笑しかったのだろう。母も弟も必死に笑いをこらえていた。
    自家製の沢庵が入った素朴な寿司は美味しかった。
    なのに、
    いま私は東北東に向きながら、もそもそと半分の寿司を食べている。
    面白くも可笑しくもない。
    歳をとるって、つまらないなあ、大笑いすることがどんどん減っていく。
    夫は、西南西を向きテレビを見ながら食べている。
    私の幸運を半分あげたから、夫は1、5倍の幸せだ。
    反対に向いていても幸運は来るのだろうか。


    歳をかさねて減るのは笑いだけではない。
    護摩木にかく祈願の言葉も、限られたものになってきた。
    安産祈願・商売繁盛・学業成就・試験合格・良縁成就・立身出世……。
    それらはみんな無縁なものになってしまった。

    それなのに、歳だけは、数え年とかで2歳も上の歳である。
    護摩木には「無病息災」と、祈願した。


                            2019.2.3