川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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          テレビの裏側



    芸能人では誰が好き?
    若い頃なら即答できたのに、「いないねえ」と首を傾げたあとで、「そうそう」と
    名前をあげる。
    一番好きなのは、西島秀俊かな。それから堤真一。高橋一生もいいな。
    昔は伊藤英明も好きだったなあ。田中圭の雰囲気もきらいじゃない。
    「なんだ、いっぱいいるじゃない」、聞いた相手は安心したように言う。
    「そうだ。それから、それからね」


    「私の名はギル・フェイバー。この隊の隊長である」
    この台詞から、ドラマ「ローハイド」は始まった。

    土曜日の夜、10時になると家族はテレビの前に正座する。
    普段は遅くまでテレビを見ていると叱られるのに、土曜日だけは別だ。
    隊長のフェーバーさんが、癖のある副隊長のロディ―や、料理人のウイッシュボンなどを
    束ねて、テキサス州からミズリー州まで約3000頭の牛を運ぶ物語である。
    
    16インチの白黒テレビだった。
    始めて見るアメリカのテレビ映画は、広大な大地といい、大群の牛の迫力といい、私を
    驚かせることばかりだ。
    カーボーイたちは昼は牛を追い、休憩時には金属のカップで濃いコーヒーを飲み、
    葉巻を噛み、夜は焚火の傍で眠った。

    私と弟はクリント・イーストウッド演じる、少しだらしのない副隊長のロディ―が大好きだ。
    甘いマスクで女性と問題を起こすのも、喧嘩をするのも、決まってロディ―だ。
    長身の腰にまかれたガンベルトの格好の良さに、弟もまねてガンベルトもどきの腰ひもを、
    少し低めに、お尻の辺りで巻いたものだ。
    だが生真面目な母は、正義感の強い隊長がいいと言う。

    祖母は料理人のウイッシュボンが大好きだ。
    彼が料理をする場面になると、首を画面の前に突き出して、食い入るように眺めた。
    
    焚火の上に大きな鍋を乗せ、料理人は木杓子で鍋の中をかき混ぜる。湯気が立ち昇る。
    「ええ、匂いやなあ」
    祖母は鼻をひくひくとさせ、テレビの裏の方を覗き込んで私に聞くのだった。
    「なんという料理をつくってるのや」
    「シチューとかいう料理らしいよ」
    「どんな味がするんや」
    「さあ、私も食べたことがないけど、豆や芋や人参や肉をごった煮するらしいよ」
    「そういうたら、豆の甘い匂いがするなあ」と、真剣にテレビの裏側を覗き込み、匂いの
    出所を探した。
 
    テレビから匂いは流れてこないよと、祖母には言わなかった。
    母も弟もクスリと笑ったが、知らない振りをしている。

    ローレンローレン ローハイド ハアッ!
    フランキーレインの伸びやかで軽快な歌声の間に、牛を追う掛け声と鞭音が響いて、
    あっという間に1時間は終わるのだった。
    余韻を楽しむひまもなく、
    「もう寝なあかんよ」と、
    母は丸いちゃぶ台の足を折りたたんで、部屋の隅に立てかけた。

    クリント・イーストウッドは、若い頃より年齢を重ねた後年の方が断然素敵だ。
    だがふっとした表情に、ロディが顔を覗かせる。
    私がイーストウッドをを好きなのは、郷愁という隠し味が加味されているせいかもしれない。


                   2019.9.10