川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
エッセー  旅  たわごと    雑感 出版紹介 
                    



                    天国へ



    Sさんの死を知らせる喪中はがきが届いた。
    私は予想以上の衝撃を受けた。

    なぜか彼女は私を気に入ってくれていた。
    実際に関わったのは1年にも満たないのに、
    価値観も美意識もまるで違うのに、共通点と言えば息子大好きという点だけなのに、
    初めて会った時から今まで、ずっと懐いてくれた。17年にもなるだろう。

    彼女は末期の癌を患い、医者からは余命宣告を受けていた。
    今年の桜の頃だ、どうしても会いたいとメールが来た。
    彼女は私よりも元気そうに見え、よく喋り、よく歩き、よく食べた。
    病気に対する泣き言は一言も言わなかった。
    ああ、共通点はもう1つあった。お互いツッパリなところ。

    別れ際、ハグをしてもいいですか? と聞くので、いいよ、と答えた。
    彼女は長い間ハグをした。「さよなら」の意志を持ったハグだった。
    私は、不吉な予感を覚えた。


    彼女は腹話術の講師だ。
    末期癌になってからの夢は、腹話術と私の紙芝居がコラボすることだった。
    それを目標に病と向き合っていた。
    ところがコラボが実現しそうな矢先、コロナで企画は立ち消えになった。
    「でも、来年はきっと、実現できますよね」、彼女は夢を失わなかった。
    この時ほどコロナを恨んだことはない。


    昨年、今年と、私は割合頻繁にHP「話のポケット」を更新した。
    「今の私の楽しみは、息子と話すこと、孫と遊ぶこと、それと「話のポケット」を
    読む事だけです。もう旅行も食事会も楽しくないです」
    彼女の言葉に、エールを込めて私は折々の思いを綴った。
    少しでも苦しい気持ちがまぎれますようにと。
    
    桜の日、もう1つ忘れられないことがある。
    彼女は正直な人で、私は息子に片思いですと、自嘲気味に言った。
    「当り前よ。息子が自分の家族を1番大事にするのは」
    そう答えながら、1人っ子の息子を持つ母親の気持ちが痛いほど分かった。

    9月20日までは「話のポケット」を楽しんでくれたのに、彼女はもういない。

    今日、私は近所の神社とお寺に行った。
    どうか神様、彼女を天国へお連れ下さいと。

    
                  2021.11.15