川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                    座りだこ


   母の座りだこは、それはそれは年季が入っていて、くるぶしに目が付いているようだった。

   「ワッ! これは何ですか?」
   新米の外科医は、感情を隠すすべをまだ習得していないらしく、素直に驚いた。
   そして、しげしげと座りだこをみつめ、初めて見ましたと、そっとさわった。
   「固いんですね」と、その感触を確かめている。
   「座りだこ、って言うんです」
   母は恥ずかしそうにうつむきながら、答えた。
   「どうしてこんなのが出来るんですか?」
   「昔から、正座をする仕事をしていますから」

   どちらが医者か患者か分からない有様だ。
   
   庭石にぶつけた母の足の親指は、紫色に腫れあがっている。
   「先生そんなことより、肝心の足の具合はどうなんですか?」
   私は新米の医者に強い口調で言った。
   医者はまだまだ聞きたそうだったが、それじゃレントゲン室へと指示を出した。

   
   
   母が亡くなって、久しぶりに見る座りだこだった。
   70代のその女性は、私の斜め前の席に座った。
   両足をきちんと揃えた座り方は、背筋が伸びていて美しい。
   「ああ、この方も茶華道をされているんだ」と親近感がわき、座りだこから目が離せない。
   その座りだこは母より年季が浅く、微笑んだ目のような形をしていた。
   足元が美しい人は、身持ちの良さを感じさせる。
   あわてて私は、開き気味の両膝をキュッと閉じた。
   
   午後の電車内は空いている。
   私はあの日の医者のように、見知らぬ人の座りだこに触れたい衝動にかられた。
   貴女の足にも座りだこがあるんですね、母にもあったんです……。

   新米の医者は今ではきっとベテランの医者になっていることだろう。
   座りだこが中脚骨胼胝腫(ちゅうそくこつべんちしゅ)という名称だということも、
   もちろん知っているに違いない。


                               2018.5.6