川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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             そう悪くはなかった



    テレビから鈴虫の鳴き声が聞こえてきた。
    鈴虫寺からの中継だ。
    レポーターやスタジオのコメンテーター達が、
    「都会では虫の音は滅多に聞けなくなって。しかし癒されますねえ。なんて贅沢なひと時
    なんでしょう」
    と、耳を傾け聞き入っている。涼やかな鳴き声は画面いっぱいに広がっている。

    なんと贅沢な日々を過ごしているのだろうと、私は今更ながらに思った。

    鈴虫を飼いだして約2ヶ月。
    当初10匹いた鈴虫は、いまやオスとメスの2匹だけになってしまった。
    だがその声の力強く、透き通って美しいこと。
    夜中にトイレに立った時、不眠症で眠られない時、オスの最後の1匹は、夜の底で
    私だけのために声を響かせてくれる。
    「君も起きていたんだね。有難う、声を聞かせてくれて」
    寝静まった空気を静かに震わせる、深夜の鳴き声は格別だ。
    
    中継の翌朝、私は茄子をいつもより大きめに切って、飼育箱に入れた。
    

    今日、ヘチマを「たわし」にした。
    それにしても美しい形だ。標本にしたいくらいだ。
    それに、
    9月も末だというのに、ベランダでは、まだ次々に雌花が咲いている。
    大きな雌花の下には小さな実もついている。涼しくなってゆくこれからの季節、この小さな
    実達ははたして成長するのだろうかと気がかりである。

    贅沢に生の声を聞かせてくれる鈴虫と、無事「たわし」となったヘチマ。
    この2つだけでも、この夏はそう悪くもなかったと思えるのである。
          




                2020.9.26