川上恵(沙羅けい)の芸術村
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               疎は穴場


     今年は近場で、ひとけのない桜を探した。

     桜は咲いて初めてその存在が分かるという、自分の見せ方を知っている樹木だ。
     藤も朝顔もカンナも菊も躑躅も鈴蘭も……
     ほとんどの花は1年に1度しか咲かないのに、なぜに桜ばかりがもてはやされるのか。

     木全体が一挙にピンクになるからかしらん
     惜しげもなくすぐに散るからかしらん
     薄桃色の花びらの儚さが、日本人の心に合うからかしらん
     それとも
     花の下に死体が埋まっているからかしらん

     買い物の途中や散歩の途中、いつもより丁寧に路地の奥まで目を凝らした。
     雑木の中に、家の庭先に、校庭に、川沿いに、山の中腹に霞んでいるのは山桜……。

     工場の敷地の裏側に、桃色の大瀑布が真っ青な空から落ちている。
     まるで飛沫が降って来そうだ。迫力の美しさ豪華さだ。
     枝の上を太い電線が何本も走っている。
     もしこの枝垂桜が、田んぼの中や森の中にすっくと立っていたら、きっと大行列が
     できるだろう。それほどの見事さだ。今年一番の桜だ。
     (写真・上段の左はし これでも全体のごく一部です)

     見物客は私1人だ。なんだか桜が気の毒に思えた。
     だから私は100人分、きれいだね、きれいだね、と声をかけた。

     「疎」は穴場である。
     
     

 
                      2020.4.6