川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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              しぶといなあ



    残暑の厳しさに少し痩せた。それも痩せて欲しくない顔や手が。 
    顔が痩せると歯茎も痩せるのか、差し歯がゆらゆらとぐらついている。
    治療をしてまだ間がないというのに。
    おそるおそる歯磨きをするが、歯ブラシが当たるたび歯は緩やかに動く。
 
    困った。来週から人様に会う機会が増える。
    話している最中に差し歯が抜けたら、冷や汗を通り越して逃げ出してしまうかも知れない。
    あるいは自分で、大爆笑か?
    心優しい人たちは、見て見ぬ振りをするだろう。
    前歯が抜けた顔って、どうしてあんなに面白いのだろう。子供は可愛いのに。
    差し歯は前歯から3本となりだ。

    行きつけの歯医者に行った。
    あんなにぐらついているのに、先生がなんど引っ張っても抜けない。
    小さな金槌様のものでたたいても抜けない。
    「しぶとい歯ですね」、私は医者に言った。まるで私みたいと、歯にシンパシーを感じた。
    過去に確実に危ない場面は3度あった。だが私はのらりくらりとそれらを追いやった。
    どうやら私も歯もしぶといようだ。当たり前か、歯は私の一部だもの。
    一瞬、このまま帰ってしまおうか、もうしばらくグラグラを大事にしてやろうかと思ったが、
    流石に非常識だと大きな口を開けたままにした。

    どこかの部分を削って、無事歯は抜けた。その後、しっかりとはめ込んで貰った。
    これで来週から心置きなく大口を開けて笑える。

    それにしても体調が悪いと、あちこちに故障が出てくるもんだな。
    首から上だけでも、目もダメ、鼻もダメ、耳もダメ、歯もダメ、喉もダメ。
    なんだか欠陥部品のようで、可笑しくなってきた。
    こうなったら、人間の体はどのように駄目になってゆくのかを、徹底的に観察してやろう。
    さめた目で見届けてやろう。
    
    
                2019.10.4