川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
エッセー  旅  たわごと    雑感 出版紹介 

  

                      
                    些細なこと
                   

    石川の川原へは長い桜並木の下を通ってゆく。200〜300mはあるだろうか。
    花の頃は桃色の長い帯が川原近くまで続き、春を満喫する。
    散歩への素敵な序章である。

    並木道を歩いていると、シャカシャカと乾いた感触が靴底に伝わった。
    霜柱を踏むような硬質な音がする。
    足元を見ると、乾いた桜の花びらやシベで並木道は赤茶色だった。
    ついこの間までは、薄桃色の絨毯だったのに。
    桜の花びらの絨毯は、ふかふかでしっとりとして、足裏に優しかったのに。
    ああ、桜の頃が終わったんだと見上げると、新緑の葉桜が頭上を覆っていた。
    清々しい緑色だ! 私の細胞も入れ替わる気がした。
          

    裏庭のバラは何の変哲もない赤い蔓バラだ。
    好き放題に枝を伸ばし、まとまりの悪いことこの上ない。
    そこで風呂場の窓にバラを這わせた。

    疲れると心臓の鼓動が早くなったり、打つのを忘れたりする。
    そう言う日は夜風呂に入るのをやめて、朝風呂に入るようにしている。
    湯気に煙った浴室、窓ガラスにはぼんやりと薄緑色と赤色が映っている。
    ステンドグラスのようだ。
    しばらくステンドグラスを楽しんで、窓を開ける。

    窓の格子に、横を向いたり下を向いたり後ろを向いたりした
    真っ赤なバラ、バラ、バラ……。
    行儀の悪い蔓バラだけれど、なかなかいい仕事しているなあ。
           
      

             2020.5.11