川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                    夫の夢


                  
    夢を見たと、夫が言った。
    「へえ、珍しいね。夢をみない人なのに」
    夫は夢を見たことがないらしい。いや、そんな筈はない、見ているが忘れているのだ。
    寝つきはいいし、爆睡だし……。健康的な睡眠は憎らしいほどだ。
    ところがその朝は、鮮明に夢の内容を覚えていたのだ。
    「で、どんな夢やった?」

    「自分が死ぬ夢。寂しい気持ちがして、ああ死ぬ時はこんな気分になるんだなって」
    「で、その夢はカラーやった?白黒やった」
    意外な夫の夢に、私は茶化して聞いた。
    「それでな、死ぬというのに僕の周りには誰もいてへんねん。息子も息子の嫁も」
    「私はちゃんと傍におったでしょ」
    「それが、いつのまにかスーと何処かへ行って、いてへんようになった。
    誰もいてへんねん。寂しいなーって」
    
    ことさら私は明るく言う。おどけて言う。
    「良かったやん、死の学習が出来て。妻や子供を大事にしなさいという、神様のお告げ
    かもね」
    「うん」。素直に夫は頷いた。

    体育会系の大雑把な夫が、死の夢を見るようになったのだ、そういう年齢なのだと、
    妙に私は感じ入った。
    それにしても夢を見ない人間が初めて見た夢が死ぬ夢だとは……。
    
    「死ぬ夢って縁起がええねんよ。吉夢」
    私はフォローを忘れなかった。
    


                  2020.12.16