川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                    屯倉神社



    どうしてもそこに行きたくなる時がある。聞き分けのない子供のように堪らなく行きたい。
    その日の私はまさにそうだった。
    生まれ育った松原市の屯倉(みやけ)神社が、無性に恋しく懐かしい。

    こういうのを呼ばれているというのだろうか。

    屯倉神社は、菅原道真をお祀りした美しいたたずまいの神社だ。
    幹に注連縄を張った何本もの楠の大木が、境内を清々しい緑色に染めている。
    子供の頃は御神木は1本だったのにと、私は1本1本の御神木を見て回る。
    清らかな空気が体内に入ってきて、澱んでいた私の細胞は次第に生き返る。
    
    参拝客は私だけだ。これ幸いと、子供の頃の思い出にどっぷりと浸る。
    毎月月末にはお逮夜の露店が出たものだ。
    本や・洋服や・履物や・肩こりの治療器の吸い玉の店・カルメラや……
    辺鄙な村が唯一華やぐ日だった。
    御神木の下では白蛇の占いが行われ、青や桃色の色付きのひよこが売られていた。
    赤いランドセルを背負った私は、列の一番前で飽きることなく眺めていた。
    
    いつの間にこんなに月日が流れたのだろう。こんなに記憶は鮮明なのに。
    
 
    本殿の鈴の音がカラカラと鳴った。
    親子連れの参拝客が頭を下げている。
    それを合図のように追憶を振り切り、もう一度、ゆっくりと境内を回った。
    「みかえり橋」という石の小橋が架かっている。
    へえ、この小橋に名前がついていたんだ。知らなかった。素敵な名前だ。
    チラホラと紅梅が咲いている。
    私は振り返り振り返りしながら神社を後にした。
    生まれ育った地はいつまでも優しい。帰る頃にはすっかり元気になっていた。
    
    

    
                    2022.1.23