川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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            また来年




    「それにしても今日はよく鳴くね。ちょっとは静かにしなさい」
    1日中鳴いている日があった。
    次の日、2匹残ったうちのメスが死んだ。
    飼育箱の中はオスが1匹だけになった。

    メスがいなくなった次の日、鈴虫は鳴き始めの頃のようにギ ギ ギ と鳴いた。
    それが最後の鳴き声だった。
    だが鳴かない鈴虫は、それから5日間も飼育箱の中をウロウロと歩いた。
    澄んだ音色の響かない家の中は、急に殺風景で忘れ物をしたようで寂しい。
    私は透明な箱の中に声をかける。
    「スズちゃん、頑張れ!」
    鈴虫はいつの間にかスズちゃんという名前になっていた。
    鈴虫は長い触角をユラッと動かした。

    そして今朝、コトリとも動かなくなっていた。
    「スズちゃん、ありがとうね。酷暑の日々を楽しませてくれて。毎朝、世話をするのが
    楽しかったよ。慰められたよ」

    鈴虫の寿命は1〜2か月だという。
    だとしたら我が家のスズちゃんたちは、長生きしたのだと安心をした。
    「また来年」と、飼育箱を日当たりのいい2階のベランダに置いた。


                   
                   2020.10.12