川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                こうして歳を重ねてゆく



    コロナ禍で3か月遅れの誕生日会だった。
    恒例の息子と2人だけのビッグイベントだ。
    景色が良くて人出が少なくて料理が美味しくって、と欲張りな処を探し、
    目の前を吉野川の清流が流れる、五條新町の「五條・源兵衛」に決めた。

    近くには晴れの寺と呼ばれる「生蓮寺」がある。
    本堂には数えきれないほどのテルテル坊主が奉納されている。
    私は筋金入りの雨女だ、過去すべての誕生日会は雨だった。どんなに晴れていても雨が
    降った。
    私も息子も、晴れだろうか雨だろうかと天候を面白がっていた。
    やはり雨が降った。
    まちがいなく私の前世は雨乞い女かアメフラシだ。


    五條源兵衛はミシェランで星を貰っている和食の店である。
    築250年の重厚な建物で、朝、畑で採れた野菜と相談しながらの、その日だけの料理を頂く。
    器も年代を感じさせるものだ。

    「牡蠣はお嫌いですか?」、店主が私に聞いた。
    「大丈夫です」と、耳の悪い私に代わって息子が返事をした。
    「目をつぶって食べて下さい。伊勢の海の香りがしますよ」
    1枚の小さな葉の上に、引き上げ湯葉と刻みネギ、それに少量のポン酢を垂らす。
    この日、この料理を頂けるのは予約客のなかで私1人らしい。
   
    たぶん母の誕生日ですと言って、予約を入れたのだろう。
    
    私は目を閉じてゆっくりと味わった。
    「牡蠣そのものです。牡蠣より牡蠣です!」
    息子は嬉しそうに笑っている。
    小さな葉はオイスターリーフというらしい。
    
    ズッキーニの大きな黄色い花の天婦羅は、しっとりもっちりと予想外の美味しさだ。
    爪の大きさもない胡瓜、薄荷の香りのする小さな水草のような野菜、
    真っ赤なホウレンソウ……
    なんと知らない野菜の多いことか。野菜の奥深さを知らされる。
    我が家の農園を大事にしないとなあ……。
    もちろん大和牛はそれはそれはで、いうまでもない。
 
    小雨が降っている。
    人気の五條新町なのに、紀州街道沿いの街並みを歩いているのは私と息子だけである。
    源兵衛と言い新町と言い、贅沢な時間と空間だった。


    幻の五新鉄道   
 

                  2020・6・15