川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                  今年の桜



    「具合はどうや?」と、ふらりと弟がやってきた。
    だいぶ良くなったよというと、ほっとしたような顔をして、風雅とは縁遠い人間なのに、
    それどころか、対極にいる人間なのに、
    「今年も桜を見られたなあ」と、しみじみと言った。
    「そうやなあ」
    後期高齢者の姉弟は、それぞれに今年の桜を思い浮かべて、しばし沈黙をする。

    毎年ちがう桜を眺めたいと思う。
    それは、人知れずひっそりと民家の外れに咲く桜でも、人気のない山桜でもかまわない、
    初めての桜を愛でたいのだ。

    というわけで、今年は奈良県川西町の寺川沿いの桜を楽しんだ。

    近鉄橿原線の結埼駅から20分ほど西に向かって歩くと、寺川の流れに出会う。
    あたりには田園が広がり、川の両岸にはピンクの帯が延々とつづいている。
    なのに人影は皆無だ。
    なんと贅沢なお花見だろう! 
    友人と私、たった3人の貸し切りの、800mの桜ロードである。
    車が通らないせいか、川沿いの満開の花びらはみずみずしい。
    穴場中の穴場だなあ……。

    また、
    この辺りは観世流能楽発祥の地だそうだ。
    発祥の地の石碑と「面塚」が桜に抱かれるように、ひっそりと建っているのが興味をひく。

    今年、弟はどんな桜を楽しんだのだろうか。




                          2024.4.27