川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                    近鉄電車


   近鉄南大阪線の評判は悪い。
   河内を、それも河内の南部を走る電車は、ガラが悪いと決めつけているのだ。
   ある人いわく、
   「南大阪線はツッカケやエプロンがけで乗ってる人が、結構おおいらしいわね」
   またある人は、
   「70年近く生きてるけど、まだ一度も乗ったことがないのよ。みんな大声で
   河内弁で喋ってて、うるさいんでしょ」
   
   「まさか」、と言いつつ、内心私は毒づくのだ。
   『アンタたちは一体なんぼのもんなん。阪急電車がそんなに偉いん?
   アンタらはそんなに上品なん? あほらし』
   なにかにつけ南大阪線を利用する私としては、我が子をけなされるようで腹立たしい。
   それに私は判官びいきの傾向が強いのだ。

   近間では南大阪線ではないが、近鉄道明寺線がお気に入りだ。
   単線の道明寺線は、道明寺、柏原南口、柏原駅と3駅しかない。
   路線距離は、2、2キロメートル。やはり河内の南部を走っている。
   
   空が茜色に燃えている。
   空と同じように、大和川の川面も朱く染まっている。さざ波は金色だ。
   二両の電車は黒いシルエットとなって、夕焼けの中、鉄橋を渡る。
   まるで影絵の世界だ。
   川面に共鳴するのだろうか、鉄橋の上に差し掛かると、振動音がひときわ
   大きく響く。

   結婚当初、最寄り駅は大和川を越えた柏原南口駅だった。
   駅員が一人の、木造の小さな駅舎は小高い所にあり、風が吹き抜ける寒い駅だった。
   大和川の北岸堤防上にあるので、電車に乗るには、国道から長い階段を上ら
   なければならない。

   病弱の息子はよく泣いた。
   新米の母親はねんねこに息子をくるみ、長い階段を上り、
   どこへ行くというあてもないのに、寒いプラットホームで電車を待った。
   風よけのないベンチがあるだけの待合で、息子と一緒に私までが泣きたくなるのだった。
   本数は1時間に1本だったか、2本だったか、駅員は所在なさげに形ばかりの改札口に
   立っていた。

   だが電車に乗ると、不思議に息子は泣きやんだ。
   「ああ、良かった。病気ではなかったんだ」
   その都度、私は一安心するのだった。

   いまでは無人駅になってしまったが、大人になった息子と柏原南口から電車に
   乗りたいものだ。
   誘ったら、一緒に乗ってくれるだろうか……。