川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                かわかみの湯



    「腰が痛いから、“かわかみの湯”に行ってくるね」
    「よう、ぬくもっといでや。ごゆっくり」

    着替え一式を持って、私は浴室のドアを開ける。
    微かにドクダミの匂いが湯気に漂っている。効きそうな匂いだ。

    「かわかみの湯」は、今朝は十薬である。
    去年の夏、庭にはえたドクダミを乾燥させて作ったのだ。
    青みがかかった乳白色の霧島の湯もいいけれど、
    ウコン色をした有馬の湯も、白濁した白骨温泉も草津の湯も、それぞれに良いけれど、
    私はやっぱり、透き通った薄茶色の十薬が気に入っている。
    手作りの愛着かなあ。
   
    「かわかみの湯」はタオルの持ち込み可である。
    ぬるめのお湯にぼーっと浸かる。
    窓から日差しが差し込んで、なんとも贅沢な湯治である。

    ふと、思い出した。

    私は湯舟にタオルを浮かべ、空気を入れて膨らませる。
    タオルは風船のようにぷっくり膨らんだ。
    そして膨らんだ風船を軽くにぎった。
    ぽしゅん、と音がして風船はつぶれた。

    子供のころ、タオル風船を作ってよく遊んだな。面白かったな……。
    息子が子供のころも作ってあげたな。息子は面白がったな……。
    そして、今日久しぶりに作って遊んだ。作っては潰し、作っては潰し、
    昔ほど面白くはなかったが、少しだけ面白かった。
    
    郷愁めいたものが湧いてきて、心の中もぬくもった。

    こういう時、私は面白がりのイチビリな性質を、有難く思うのである。
     
    額がじんわり汗ばんできた。
    さあ、午後は“川上整形外科”に、治療に行かなければ。

                   2020.4.10