川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
エッセー  旅  たわごと    雑感 出版紹介 



                     辛子和え



    菜の花を買った。
    蕾のなかに、ところどころ鮮やかな黄色がのぞいている。
    くしゅくしゅとした新鮮な葉っぱは、このうえなく柔らかい。
    辛子和えにしようと菜の花を洗っている途中で、はたと思いついた。
    そうだ! 1本失敬して、遺影の母に見せてあげよう。

    遺影の前の花入れには、庭で咲いた雑多なものを入れている。
    今の季節は椿だ。白い椿の横に、辛子和え用の短い菜の花を入れた。
    
    「お母ちゃん、菜の花やよ。春がそこまで来ているね。
    この花を見ていると、なんだか元気がでるね。もう春だね。待ち遠しいね。
    明日になったら、ぐんと茎が伸びてるよ! しっかり観察していてね」
    
    私は声に出して母に話しかける。
    「おおきに。辛子和えも供えてね」
    母と話していると、なんだか元気になるなあ。楽しくなってくるなあ。
   

    菜の花には思い出と言うか思い入れがある。
    私が通っていた小学校は、プールはもちろん図書室も音楽室も体育室もなかった。
    給食もないので、午前の授業が終わると急いで昼ご飯を食べに帰った。

    4時間目の理科の授業でのことだった。
    先生は菜の花を水の入ったビーカーに入れ、そこに赤いインクの液をたらした。
    「さあ、あとは午後からのお楽しみ」。先生の言葉に、
    私たちは何が起こるのかと、楽しみに家に帰った。

    食事もそこそこに走って学校へ戻った。
    黄色い菜の花が真っ赤になっていた。生徒たちは驚き、歓声をあげ、手をたたいた。
    導管の実験だった。
    私たちは6年生になって、初めて実験なるものを経験したのだった。
    すごいな、実験って。植物が水を吸い込むのが目に見えるんだ。
    以来、菜の花は私にとって特別な花になった。

    
   
                    2024.2.20