川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                 会話



     気心の知れた仲間との会食の時のことだ。

     誰かが、過去に戻りたいって思ったことがある? と聞いた。
     そりゃあるわよ、学生時代の楽しさったら最高だった。中、高、大学のどれもよ。
     とお洒落な彼女が言った。
     「ふーん、そうなんだ」、と私。

     すると別の彼女が、
     私は20代かな。もっとも結婚する前だけれど。毎日が夢見心地だった。
     もう1度、あの頃に戻ってみたいわ。
     「へえ、そうなんだ」、と私。

     相槌を打たない私に、彼女たちは不思議そうに尋ねた。
     貴女にはないの? 戻りたい昔が。
     「うーん、ないわ……」

     今が特別に幸せだというわけではない。
     ひょっとしたら健康に恵まれないぶん、不幸かも知れない。
     それでも今なのだ。
     楽しい思いもいっぱいあったはずなのに。なぜだろう? 
     きっと私の素っ気なさのせいだ。
     それとも過去の楽しさを上回る出来事が、まだ起きると思っているのだろうか。


     夫が好きで好きでたまらないという女性がいた。
     「うっそー!」
     その場にいる女性たちは一斉に言った。もちろん私も。
     それから私たちは口々に、
     「なんで?」「珍しいよね」「表彰ものよね」と、絶滅危惧種をみるように彼女を見つめ、
     「すごい!」と、拍手をした。
     

                2019.11.19