川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                    本性



   生け垣のカイヅカイブキを切っていた夫が、突然、「痛っ!」と声を上げた。
   どうしたのかと傍へ寄ってみると、左手の人差し指の先に血がにじんでいた。

   何かで突き刺したらしく、血が待ち針の頭ほどに膨らんでいる。
   何で刺したのだろうか、蜂にでも刺されたのかとあたりを見回したが、それらしいものは
   見当たらなかった。

   脱ぎ捨てた軍手をみると、小さな緑色の棘が突き刺さっている。
   犯人は、カイヅカイブキだった。
   いつのまにか、葉先が針のように尖んがっている。
   それはサボテンの針が何本か固まっているようで、見慣れた穏やかな葉先ではなかった。
   注意してみると、生け垣の所々に、そんな猛々しく凶暴な枝が見つかった。
   
   突然変異だろうか? それともイチョウのように雌雄同種なのだろうか。
   いままで一度もこの木で怪我などしたことがなかったのに、突然に牙をむいたのには驚いた。
   結局、突然変異だろうと、その場は終わった。

   何日かたって、樹木に詳しい友人にその話をした。すると彼女は、
   「それがその木の本性ですよ」と、いとも簡単に答えた。
   「本性?」
   本性などという生々しい言葉に、なぜか私はドキリとした。
 
   「そう、本性。改良されて、いまのように生け垣に使えるようになったのよ。
   それが何度も何度も枝を切っていくうちに、造られた性質はなりを潜めて、元のように尖った
   葉先になるんですってよ」
   「木にも本性があるんですか? 怖い話ですね」
   「そりゃ貴女、人間にだって本性があるんですから、木にだってあるでしょうよ。
   木の方がこの世の先輩なんですから、言わずもがなです」

   本来、本性などというものは、隠すべき必要のある高等な生き物が持っている性癖だと
   思っていた。ところが木にも本性があるという。
   「造られた私なんか、窮屈で仕方がない。もう充分に我慢した。これからはもっと自由に
   のびのびしたい!」
   樹木の反抗、自己主張なのかもしれない。

   とは言うものの、痛い生け垣は困りものだし、木の気持ちも分かるし、私の心境は複雑だ。
   いらい、よその生け垣が気になって仕方がない。
   注意しながら歩いてみると、程度の差こそあれ、どこの生け垣にも牙をむいた
   カイズカイブキがいた。

   今年もまた現れた、尖った葉先を眺めながら考える。
   半世紀以上もかけて形成された私の性質よりも、持って生まれた私の性質の方が
   根強いというのか。
   血という脈々としたものが、押し殺し飼い慣らしてきたものの仮面を剥ぎ、それはある日、
   何の前触れもなく突然現れるというのだろうか。
   長年身に馴染んだこの性質は、そんなにも脆いものだろうか。

   いつ私の本性が牙をむくのだろう。
   尖った葉先から、丸い穏やかな葉先が顔を覗かせると嬉しいんだけれど。
   恐ろしいなあ……。

                             2018.5.16