川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                     久しぶりの



    「これこれ、やっぱりこれでなきゃネ」
    「今日は父の誕生祝いだから、主役はお父さんやで。お母さんとは違うよ」
    と息子から釘をさされていたにも関わらず、私のテンションは高い。

    ちまちまと細かい細工が施された、目にも美しい料理が一品ずつ運ばれてくる。
    まずは八寸から。
    「お酒は何にいたしましょう」の声に、即座に私は「まずはビール」と答え、
    主役は私じゃなかったねと、嫌味っぽく言い訳をする。

    お造りは、中トロと鮑と鯛とくれば、ここは辛口の冷酒でしょ。
    銘柄は、流石に今度は夫に任せた。
    「菊水」はキリリと冴えた味わいで、外でお酒の飲める喜びを、しみじみとかみしめる。
    緊急事態宣言が解除されたのはついこの間だ。
    そして誕生日を迎えた夫の年齢と私の歳を、他人ごとのように思う。
    いつの間にこんな歳になったのだろう。

    息子夫婦が招待してくれた食事処は、自宅の客間で日本料理を提供されている
    「光月」である。床の間付きの客間は2間。1日に2組だけの贅沢で静かな空間だ。
    庭を眺めながらの部屋に、コロナの心配は皆無である。
    なにより八尾市という近さは手軽だ。
    それに、
    耳の悪い私を気遣って、ここなら少々大きな声で喋っても大丈夫だと、選んでくれたお店だ。

    聞こえる会話には相槌を打ち、聞こえない会話は無視をし、私は料理とお酒を楽しむ。
    家族が笑いながら食事をする光景を眺めお酒を頂くのは、なんと穏やかで幸せだろう。
    これって男性の心理かな?
    「男は静かに酒を飲む」というのが、何となく分かるなあ……。
    幸せをかみしめているんだな。

    気づけば、「これこれ、やっぱりこうでなきゃ」と、私は何度目かの言葉を口にしている。
    あかん、あかん。同じことを何度も言うようになったら!!
    



            2021.10.9