川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                    火の路



    松本清張の「火の路」が面白い。
    50年近くも昔の作品だが、古代史ファンにはたまらない長編推理小説だ。
    飛鳥の石造物の謎を解き明かそうと、古代史の女性研究員が明日香や河内を取材して
    回る。やがて話はペルシャの拝火教へと広がってゆく。

    内容は言うまでもないが、作品に登場する古墳や建物や石造遺跡など、現在も
    そのままに存在するので、説得力があり、作品が身近に感じられるのが魅力だ。
    「ああ、ここここ! 清張さん、ここへも来られたんだな」
    法華寺・箸墓古墳・崇神天皇陵・明日香村の酒船石・百舌鳥古市古墳群・近鉄南大阪線……
    馴染みの場所ばかりだ。


    なにより柏原市玉手町の安福寺が出てくるのには興奮をする。
    我が家からは車で10分ほどの距離だ。
    安福寺への分かりづらく狭い道、タクシーが道を探す場面の細やかさ、正確さ。
    石棺を訪ねて、女性ははるばる安福寺に足を運ぶのだ。
    小さな門をくぐると参道の両側に広がる安福寺横穴群、行場から講を組んだ信者たちの読経
    の声、境内は寺というより庵の雰囲気だとは、まこと納得である。
    そして目的の、手水鉢として置かれている「割竹形石棺」、石棺の蓋の縁に彫られた
    直弧文にと物語は進む。
    安福寺は重要な場面として登場するのだ。

    そして近鉄南大阪線。電車から眺める古市古墳群……。
    恵まれた歴史遺産の中に暮らしていることの幸せを感じる一冊である。



        崇神天皇陵    盗掘者が写真に映っているという設定だ


            2022.8.10