川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                     鳩の話



    チャイムが鳴って、近所の奥さんは開口一番、「川上さん、大変やよ!」と言った。
    話の内容は、このようなものだった。

    ハトがうちの家の前で、車にはねられてね。バサッと倒れて動かなくなったの。
    ところが瀕死の状態なのに突然、やっとという感じで飛んだの。
    どこへ行くのかと見ていたら、お宅の方へ飛んで行って、力尽きたのか、玄関の上に
    落ちて、そしてそのまま亡くなった。亡くなる前、少しだけ動いたけれど、それっきり……。
    私、2階の窓からじっと見てたの。ほれほれ、そこよ。気味が悪いわね。

    と、彼女は我が家の玄関の庇を指さした。

    縁起が悪いとは思わなかった。それどころか、「明日の検査結果は◯だな」
    と、瞬時に思った。
    ハトが心配なものを持って行ってくれる気がした。
    私の思考回路の可笑しなところだ。

    死んだハトを見る勇気のない私に代わって、夫がベランダから庇を覗き込んだ。
    庇の隅でこと切れているという。
    「カラスに見つからない場所で良かった!」
    だが、どうして我が家だったのか。

    そうだった、ずいぶん昔のことだ。思い出した。この狭い庭で、山鳩が3羽巣立ったのだ。
    まさかあの山鳩の子孫ということはないよなあ……。

    私は庇の下と2階のベランダに線香を立てた。
    ハトは静かに送って欲しかったのだと思った。

    翌日、庭の珊瑚樹の枝にハトがとまっていた。つれあいだろうか。


                  2021.3.12