川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                    鱧



    「鱧が食べたい。ああ、鱧が食べたい。美味しい鱧が」
    最近、口癖のように言っている。
    少し電車に乗りさえすれば美味しい鱧が食べられるのに、それが面倒だ。
    ましてこの暑さだ、家を出る勇気が湧いてこない。

    鱧が大好きだ。
    肉厚の鱧の落としに、鱧のしゃぶしゃぶ。そして鱧のフライ。
    落としは定番の梅肉ではなく、わさび醤油が好きだ。いつも小声でワサビをお願いする。
    薄切りのタマネギがたっぷり入っただし汁に、鱧を入れ、しゃぶしゃぶ。ああ、
    堪らないなあ。

    そして郷愁の味、鱧のフライ。

    シャッシャッシャッシャッ……。
    涼やかな骨きりの音が聞こえる。大将は骨きりの名人だ。
    子供の頃、近所の寿司屋は夏場のほんの一時期、店先でフライを揚げていた。
    串にさしたジャガイモ、ナス、インゲン豆など夏野菜のフライに鯨肉と鱧のフライだ。
    夕暮の店先にお腹に染み入る油の匂いが流れる。
    私は鱧のフライが大好きだった。
    真っ白なふっくらとした身はふわふわと優しい美味しさだ。
    当時はソースと言ってもウスターソースしかなかったが、鱧にウスターソースはよく合った。

    あの頃の味をずっと引きづっているのだ。
    明日こそは化粧をして、電車に乗って鱧を食べに行こう!
    
    と思っている。
    

                        2022.6.30