川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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             5月のさよなら




    仲間が逝った。名エッセイストだった。
    
    今年の桜は、ことに豪華絢爛だった。散り惜しむかのように。
    4月8日、私達8人はそんな桜をめでる宴を開いた。

    当日彼は、グレーとモスグリーンが程よく交じり合った色のスーツに、桜色のネクタイを
    締めていた。
    「どうしたの、こんなお洒落な姿、いままでみたことなかったわ」
    良く似合ってる、素敵、だと私たちは口々に褒めた。
    彼は照れたように笑い、「このネクタイ、家内の親父の形見なんです」といって、
    ネクタイの結び目に手をやった。

    私たちはシャンパンで乾杯し、ワインで乾杯しと、何かにつけて乾杯を繰り返し、
    イタリア料理を楽しんだ。
    これほど美味しくお酒を飲む男性を、私は知らない。
    しんそこ楽しそうな顔をする人だった。

    食事のあと、ほろ酔い気分で、佐保川沿いを歩いた。
    川沿いを桃色の帯がどこまでも長く伸びて、どの枝も今が盛りと惜しげもなく可憐にして
    妖艶だった。
    夕陽に桜が金色に光っていた。
    私達は話すことも忘れて、川沿いをゆっくりと歩いた。
    花筏が私たちについて流れた。

    私たちは文章を書く仲間だ。月に2度集まって、お互いの文章を見せ合った。
    
    花見の宴から2週間ほどたった日、少し調子が悪いので、次の集まりには参加できないと
    連絡が入った。そして、それっきり……。桜の日から、たった1か月のことである。

    5月13日、お別れに行った。
    趣味のいい住まい、洗練された妻、穏やかな家族。
    庭には大木が1本植わっていて、その下をいまが盛りと季節の花々が咲き乱れている。
    私たちの知らない彼も、また素敵な人だった。

    Sさん、貴男は本物の人間だった。本物の人間と知り合えて幸せだった。
    あっという間の7年間だった。
    貴男の最後のエッセーに、「サヨナラだけが人生だ」という有名なくだりがあって、
    「サヨナラだけが人生ならば そんな人生はいりません」って、寺山修司のエッセーで
    私が応えたのが、妙に心に残って……。

    私の大好きな人達は、みな5月に行ってしまう。
    滴るような若葉の中を、さっそうと旅立ってゆく。
    爽やかな青空に向かって……潔く。
    

                               2019.5.13