川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                   ふ



    11月も半ばを過ぎると、途端に金魚の動きが鈍くなった。
    ついこの間まで、私の足音が聞こえるや、甕の底から飛び出すように浮き上がり、
    パクパクと水面から口を出し、餌を待っていたのに。
    いまやノロノロとじらすように、水面近くにやって来る。

    金魚の餌は、「アイドル・野菜が入った金魚の健康食」というもので、
    モロヘイヤとケールが入っているそうだ。
    なんと健康志向は金魚にまで及んでいるのだ。
    ふと、妙案を思いついた。

    子供の頃、私は金魚すくいの名手だった。
    あっというまに、掬った金魚をいれる容器は金魚で膨れ上がり、赤一色になった。
    貰った金魚の餌は、「ふ」だった。どこの家でも、金魚には「ふ」だった。


    私は「ふ」を小さくちぎり、毎日同じものでは飽きるだろうと、
    甕の中に入れてやった。
    だが金魚はノロノロとも浮き上がって来ない。いくら待っても底から動かない。
    私は金魚に向かって言った。
    「アナタたちの先祖は、みんな「ふ」を食べていたんだよ。「ふ」と「も(藻)」だけで一生を
    過ごしたんだよ。さあ、食べなさい!」
    赤いモノは甕の底に沈んだままである。

    夕方、甕を覗いてみると「ふ」は綺麗になくなっていた。
    食べているところを見てみたいのにと、こりずにまた「ふ」をあげている。


              2020・11・17