川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                えっ、もう



    玄関の方からギギギと、こすれたような音がする。
    何だろうと思っていると、すぐに音は止んだ。

    しばらくすると今度はキキキと、濁音の取れた音になった。

    鈴虫だ!
    羽根を広げて震わせているが、まだ長続きがしない。
    鈴虫も鶯の笹なきのように、鳴き方の練習をするんだ、と妙に感じ入った。
    それにしても飼いだしてわずか10日ほどしか経っていない。
    鈴虫の成長ってこんなに早かったかなあ……。

    オスが6匹、メスが4匹のようだ。
    鈴虫の雌雄の見分け方は簡単だ。メスのお尻には産卵管が伸びているので分かりやすい。
    大事に世話をすれば、卵を産むかもしれない。


    今年の夏は「暑い」を通り越して空気が痛い。それに息苦しい。
    そんなに長く墓石の掃除をしたわけでもないのに、お盆の墓参で熱中症になった。
    幸い病院に行かずに夜には治まったが、以来、不調続きだ。
    だが、金魚と鈴虫の世話だけは欠かせない。小さな生き物の命は儚い。
    
    鳴き方の練習を始めて2日が過ぎた。
    リーンリーンと澄んだ音色が響いてきた。鈴を振るようなソプラノ。
    透明で涼し気な音色は、夏のカーテンの隙間から秋を連れてくるようだ。

    元気のない私を慰めてくれているのだな。
    どうやら鈴虫も恩返しをするようだ。
    鶴の恩返しばかりがもてはやされるが、なんのなんの。生き物は総じて律義なのだ。
    私は恩返しができているかな?この人にも、あの人にも、あの人にも、あの人にも……。


           2020.8.20