川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                  映画少女



   映画少女だった。
   当時、小学校では、1人で映画を見に行くことは禁止されていた。
   隠れて映画館へ行っているところを、親と一緒に来ている子供に見つけられ、先生に告げ口
   されたものだ。それも、1度や2度ならず。
   「めぐみチャンは、きっと不良になる」と、先生を心配させたものだ。

   千原しのぶは楚々と美しく、松島トモ子は薄幸な子役を演じて、私を泣かせる。
   映画を見た日は、私は千原しのぶや松島トモ子になった。
   夢見ごこちでフワフワと気持ちが良かった。
   そして、
   何より隠れてみる映画は、スリリングだった。


   「あんなに映画が好きだったのに、子供時代に一生分を観たのか、ここしばらく映画館に
   足を運んでいないなあ」
   と思っていたら、無声映画の誘いを受けた。
   久しぶりのスクリーンだ。

   映画は「子宝騒動」「デブ嬢の海辺の恋人」「忠魂義烈・実録忠臣蔵」の3本立てだ。
   デブ嬢だけがアメリカ映画だ。
   弁士はまだ30代の坂本雷光さんである。

   実録忠臣蔵は昭和3年の映画で、監督は故・津川雅彦さんの祖父、マキノ省三氏である。
   焼け残ったフイルムをつなぎ合わせて、25分の映画にしたそうだが、
   さすが弁士の鍛えた喉は、四十七士の世界に観客を誘う。
   浅野内匠頭切腹の場面では、
   「風さそう花よりもなお我はまた 春の名残をいかにとやせん」
   私の口から、すらすらと辞世の句が飛び出しのには、驚いた。
 
   忠臣蔵は子供の頃に何度も見た映画だ。 しっかり頭と瞼に焼き付いている。
   もっとも戦後の東映の忠臣蔵だが。
   東千代之助・中村錦之助・大川橋蔵が、交代で浅野内匠頭を演じていた。
   庭先の桜の花びらが、ハラハラと散っていた。
   それにしても月形龍之介の吉良上野介は、腹が立つほど憎々しげだったなあ。
   
   「やっぱり忠臣蔵はええなあ。日本人やなあ」
   隣の観客がポツリと呟いた。
   弁士付きの無声映画、懐古趣味だけに終わらず、新しい映画のジャンルとして広がって
   ほしいものだ。
   
    
                  2018.12.11