川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                   25年ぶりに


    
    25年ぶりに車椅子に乗った。
    
    25年前、私は頭部に大怪我をおい、退院後のしばらくは車椅子の生活だった。
    マイ車椅子を持っていたが、そんなに悲壮感もなかった。
    命があっただけ有難いと、体の不自由さはあきらめていた。
    強がりではなく、本当にそう思えていたのだ。

    ところがである。この8月の酷暑の日、
    目の治療のため大学病院に行かなければならないのに、私の足は故障をし、どうにも歩けなく
    なってしまった。
    病院まではタクシーで行き、院内は車椅子での移動となった。
    押すのは高齢の夫である。
    あちらの柱に当たり、こちらの椅子に当たりと、なんとも心もとないが、仕方がない夫も
    病人なのだ。
    老老介護の見本のようだなと、私は苦笑をする。
    
    25年前は平気だった車椅子だったのに、この日の車椅子は違う乗り物に思えた。
    病人の顔をした私は、違和感なく、車椅子にしっくり馴染んでいるに違いない。

    いやだな、このまま脚が治らなかったらどうしよう。歩けなくなったらどうしよう。
    不安がこみあげてくる。

    車椅子、若いときはあんなに平気だったのに……。
    25年前の、「命さえあれば」というあの潔さは、いつの間に消えてしまったのだろう。
    どこへ行ってしまったのだろう。
    歳をとるということは、身の程を知ることではなかったのか、
    諦念を覚えることではなかったのか。
     
    私、欲張りになったんだなあ。ヤワになったんだなあ……。

    

                2024.9.1