川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                   深夜のパソコン教室


   パソコンが修理から戻ってきた。
   買ってまだ間がないというのに、ピーピーと鋭い警告音を発し、そのたび私の心臓は
   縮み上がった。
   そこでパソコンの入院となった次第だ。

   どうも私の手元にくるパソコンと、私は相性が悪いようだ。
   今、使っているのは5台目である。もっとも最初の一台は息子のお下がりだったが。
   昔、英文タイプを打っていた癖で、キーを強く叩きすぎるせいだろうか。
   それとも、パソコンも相手を選ぶのだろうか。

   パソコンを始めて20数年になる。
   
   大学生になって、息子は学校近くで1人暮らしを始めた。
   社会人になっても1人暮らしは続いた。
   3人家族が1人減り、夫との2人になってしまった。
   夫は仕事大好き人間で、土日もなく、家には寝に帰るだけだ。
   そう広くもない家が、がらんとした。スースーとした音が聞こえそうだ。
   そんな母親が不憫だったのか、
   「これ覚えたら、オレとメールのやり取りできるから」
   と、息子は週末ごとに戻ってきてはパソコンを教えてくれた。
   それは深夜まで続く、根気のいる作業だった。

   覚えの悪くなっている母親は、それを悟られまいと分かった振りをする。
   
   なんとか覚えた私は、毎日息子にメールを出した。
   その度、息子から返信がきた。返信にまた返事を書いた。
   そんな日がどれほど続いただろうか。

   ある日、
   「お母ちゃん、メールをする相手おれへんのか?」と、たずねた。
   「うん、お母ちゃんの周りには、だれもメールする人いてへんねん」
   「そうか、誰もいてへんのか。それは可哀そうやな。ええ方法がある。
   これで、オレ以外からもメールがくるからな」
   と、毎日配信されてくる○○マガジンの手続きをしてくれた。
   
   一方通行のメール相手は、律義に毎日便りをよこした。
   そうこうするうちに、さすがに私にもポツリポツリと本当のメール友達が出来た。
   それに反比例するように、息子からのメールは減った。
   
   あのとき息子が教えてくれなかったら、もっとつまらない人生になっていただろうな……。
   と、ここまで文章を打っても、ピーピーと心臓に痛い音がしない。
   ああ、良かった。全快だ!
   

                               2018.4.30