川上恵(沙羅けい)の芸術村
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       河内再発見

                     新聞を読む


   長年蔕文庫で編集を務めて下さっているK氏は、毎日図書館通いをされ、古い新聞記事を通読
   しておられるそうだ。
   時おりK氏は、「河内再発見」に役立ちそうな、大阪毎日新聞の記事を送って下さる。
   今回はそんな中から、特に私の興味をひいた記事を紹介します。(太字部分)

   【大鐵電車の藤井寺球場成る 東洋一の大グラウンド 
   収容人員七萬人 大阪より一七分 割引往復四十銭、小人半額 本日午前九時開場式舉行】

   大阪阿部野橋を起鮎として、河内の地を走る大鐡電車の沿線は、名所史跡に富み、
   山紫水明をもって、世に知られてゐる。
   されば同社は、四季をりをりの行楽に、探勝に、登山に、種々の便宜を計ってゐたが、
   今回藤井寺の景勝地に、東洋一の大グラウンドを創設、今後おおいにスポーツの方面に
   貢献せんとするは、運動を愛する現代人の最も慶賀する処である……。
以下省略

   昭和3年5月の記事である。
   因みに大鐡電車とは現在の近鉄電車のことである。
   このころからの隆盛ぶりを、翌4年7月26日の記事には、次のように報じている。

   【大鐡沿線繁盛期 一七年間に乗客が十一倍 
   住宅地經營と野球場とで藤井寺が村から町に】
   三十年前、大鐵創業當初のころには一日の乗客約七百名、起鮎柏原終鮎富田林間の
   資金廿五銭をもつて計算しても、一日の總収入七十五円の上には出ぬ、資本金卅万円
   は泣き、地方農村の人々は嘲り笑った。乗客の大部分は行商人に過ぎなかったといふ
   ことである。
   数字を示せば
   大正元年 八〇三、五九〇人。大正九年……
(新聞には列記されているが以下省略)
   昭和三年 八、八三〇、八九三人。
   それから昭和四年になつては一日乗客平均三万千七〇六で、年末までには一千万人
   を突破せんとしてゐる。
……以下省略。

   だが昭和が終わり平成の世になり、地元民にとっては不滅だと思っていた藤井寺球場は、
   2006年には跡形もなくなってしまった。
   時代の流れだとか、月日の経つのは早いものだと、ついつい一口で済ませがちだが、球場
   だけに限らず、そこには、どれほどの生きた人間の生活やドラマがあったろうかと、当時の
   新聞を読んで軽々しい空疎な言葉を悔いた。


   
現在では考えられない、のんびりしたというか、頓馬な記事にも出くわす。

   【今東光氏の名を騙り講演を放送  いっぱい食ったJOBK】
   最近大阪放送局に奇怪な事件が起こった。
   それは去る五月十四日 小説家今東光氏の名で、「新聞小説について」といふ
   題目の講演の放送があったが、今東光氏といへば先に本誌に新小説「愛經・あいげう」
   を連載して好評を博した新進の人氣作家なので、放送局もおおいに歓迎し聴取者も
   興味を持って聞いたが、その後JOBKでは再び何かの講演の放送を頼みに行ったところ、
   前に今東光氏と名乗ったのは本物とは似ても似つかぬ男で、全く詐欺にかゝつたものと
   判明し、これを聞いた本物の今氏も『けしからぬ』と憤慨したので、放送局は大まごつきの
   上謝罪の手紙を書いて、今氏の方は事ずみとなつたが、いずれにしても十万の聴取者を
   欺いたことは放送局の大失態で、極力秘密に葬りさらうとつとめてをる。
   なおこの男は『自分が今だ』と稱して放送局へ賣込みに行き、御禮を目當ての詐欺を
   やつたもので、こんなことは今までにない新手の犯罪である。

   
あまりに面白いので全文を掲載した。

   また今どきの新聞ではお目に掛かれない筆致の記事もある。美文である。

   【畔づたい 千早村百年の「時」の流れは生活の幾階級を刻み出した】
   杉の木は茂る。豆腐は凍る。娘は子を生む。湊川・けいかわは建武以来のテムポを
   變へぬ。峰を渡る白雲は悠々たる影を落とす。いかにも長閑な山邑の相である。
   動かないその景観である。
   ……天心の月は公平に一つづゝ田毎の水にその明鏡を映してくれるが……。

   
と、楠木正成ゆかりの千早赤坂村を詩的に描写しながら、「旦那筋」と「お出入り」
   という、人別階級や資本家階級が生じていく様を憂えている。
   昭和初期の新聞は文芸だと、いたく感銘を受けた。
   広告からも目が離せない。爆笑だ。

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   まだまだ紹介したいのに紙面切れ。
   蔕文庫は原稿用紙5枚以内という約束事があるのです。
   
それにしても旧漢字の難しい事。入力するのに難儀だったあ。


                                  
2018.5.2