川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                 健気なるもの



   天神さんの境内の片隅に人だかりができていた。
   何だろうと近づいてみると、猿回しだった。
   猿使いは、目鼻立ちのはっきりとした若いお姉さんだ。
   子ザルと猿使いは、揃いの赤い法被を着ている。

   子ザルはお姉さんの顔をチラチラと眺めながら、客に向かってちょこんとお辞儀をした。
   そして、5、6段の置き階段を逆立ちして登った。そして逆立ちのまま下に降りた。
   客は「ほーっ」と、ため息をもらしながら拍手をする。
   子ザルは、またちょこんとお辞儀した。

   置き階段は少し間隔をあけて、二つ並んでいる。
   子ザルはお姉さんの顔を、じっとみる。それが合図のように、
   「さあ、飛ぶよ!」と猿使いの声がかかった。
   子ザルは逆立ちのままで、離れた置き階段の上から上へ飛び移った。
   「わあ、すごい。賢いね」。大きな拍手が境内の隅に広がった。
   「さて、お次は……」。芸はまだまだ続きそうだ。

   私はそっとその場を離れた。
   お前のお母さんはどこにいるの? 芸をしていて辛くはないの? 自由に木登りが
   したくはないの?
   仲間と遊びたくないの?
   子ザルの健気さが辛いのだ。

   イルカのショーも好きではない。
   何頭ものイルカが狭いプールで泳ぎまわり、高くジャンプをする。
   頭上に吊り下げられたボールめがけてジャンプする。
   尾びれで立ち上がり、指導員の合図に合わせクルクルと水面を回って見せる。
   その度にもらう、ご褒美のイワシ。
   そんなに狭いプールで頭を打たないの? 海が恋しくないの? 悠々と泳ぎたいだろうに……。

   健気は美しい。一途な思いが美しい。
   だが私は教え込まれたその健気さが辛いのだ。その美しさが辛いのだ。
   息子に健気さをしいた昔を思い出して、辛いのだ。