川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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グリコ


   おまけや付録ほど心躍らせるものはない。どんなに小さなものでも得をした気分になる。
   今や、雑誌を買えば可愛いトートバグや美顔ローラー、
   電話回線を変えるとパソコンがついてくる時代だ。
   だが、おまけには分相応というものがあって、あまり高価なものや、本体より目立つもの
   は品位にかけると、へそ曲がりな私は思うのだ。
   おまけ
は、あくまでおまけである。


   随分昔のことだ。私の家ではグリコのおまけをつくる内職をしていた。 
   指先ほどの車やピアノ、電話や時計などの木片に、文字盤や飾りの絵などを
   張り付けていくのだ。小学生の私は母より仕事をこなすのが早かった。

    「大きなったら、その器用な手を使うような生活はせんときや」と、
   祖母は常に私を案じた。
   その時の様子を書いたエッセーが、静岡県の中学生の副読本に採用されるのだから、
   人生何が幸いするか分からない。


   二歳下の弟は野球少年だった。
     お菓子のメーカーは忘れたが、違う種類のカードを全部揃えると、
   景品として本物のボールだか、野球選手のサインが貰えるらしかった。
   だが中に一、二種類、なかなか手に入らないカードがあるらしい。


   ある頃から弟は庭の片隅にうずくまる日が多くなった。
   雨の日は傘を差してしゃがみこんでいる。

    「なにをしてるの?」
   「ありの行列をみてるねん」

   ある日弟が友達の家にいった隙に、庭の片隅の芙蓉の木の下を探ってみた。
   掘り起こされた形跡がある。スコップで掘ってみると「カチリ」と固いものに触れた。
   両手で土をよけると大きな海苔のガラス瓶が出てきた。

   何と中にはキャラメルがいっぱい詰まっていた。カード欲しさに毎日飴を買っていたのだ。
   さすがに食べ飽きたのか、飴を捨てるに捨てられず、瓶に入れて隠していたのだ。
   夢を与える反面、弟には罪な景品であった。

   おまけ大好き人間、グリコへの甘やかな感傷……そんな私にとってのパラダイスがある。
   東大阪市の近鉄八戸ノ里駅の南側、宮本順三記念館・豆玩舎ZUNZOである。
   豆玩舎と書いて、「おまけや」と読ませる。
   ZUNZOは、グリコのおまけ作りに生涯をかけた、おまけ博士順三氏のペンネームである。


   「久しぶりに、あのおまけ達に会える!」

   私の足取りは少女の頃のように軽やかだ。
   小さなビルの三階ワンフロア―が記念館である。
   館内を覗くと、我先にと飛び込んでくる色とりどりの小さな玩具達。
   靴を脱ぐのももどかしく、グリコのコーナーを探す。


   入り口近くの、ガラスケースの中に、それらは行儀よく並んでいた。
   子供の頃の記憶と寸分の違いもなく、私を嬉しがらせる。

   「久しぶりやねえ、私、あんた達を作っててんよ」
   辺りに誰もいないのを幸いに、小声で話しかけてみる。

   ライトに照らされた玩具達のなんと素朴で可愛いこと。
   私が欲しかった桃色のガラス玉の指輪も並んでいる。昭和が広がっていた。

   展示品はグリコのおまけの他にも、多種多彩だ。
   髪に書かれた中国の詩や、日本各地の郷土玩具、氏が玩具作りの参考とした世界中の人形。
   楠木正成の桜井の別れの土人形には哀れが漂い、太い剣をもった大国主命は雄々しい。
   アユタヤの小さな塼仏の前では、思わず両手を合わせケースに額をくっつけた。


   世界中から東大阪の地に、よくもこれだけ集まったものだと感心する。
   約5000点の収蔵品があるらしい。だがここに集められた玩具には共通点があった。

   「小さいことはいいことだ」、という氏のテーマに沿ったものがほとんどだ。
   ガリバーになった気分だ。

   「ビデオをご覧になりますか」との声に、是非とお願いをする。
   グリコはグリコーゲンという栄養素から命名されたことは知っていたが、
   牡蠣のゆで汁がヒントになったそうだ。健康食品の走りである。
   故・順三氏の笑顔は無垢な子供のようだ。気がつくと二時間近くが経っていた。

   久しぶりにグリコの飴が食べたくなった。
   さっそくスーパーへ走った。棚の隅に赤い箱が数個並んでいた。
   両手を上にあげた馴染みの箱である。
   「ひとつぶ300メートル」のキャッチコピーもそのままだ。
   箱は昔に比べ少し大きめだ。ひと箱に4粒は寂しいが、飴はハート形に変わっていた。
   口に入れると、まさにこれぞキャラメルという甘さと郷愁が広がった。
   何十年ぶりに食べたというのに、舌は正確に昔の味を覚えていた。


   どんなおまけが入っているだろうと箱を振ってみる。
   カサカサと微かな音がする。私はゆっくりと上部の小さな箱を開ける。