川上恵(沙羅けい)の芸術村
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            やなせたかし様




     「やなせたかし」さんが大好きだった。
     アンパンマンで有名になられるずっと以前から大好きだった。そして今も大好きだ。

     私は厳しすぎる母親だった、病的なくらいに。
     当時、1人っ子はそれだけで問題児だといわれた。
     私はマスコミに登場する偉い先生達の、その無責任な説を鵜呑みにしてしまった。
     1人っ子らしくない1人っ子に育てようと、ただやみくもに厳しかった。未熟だったのだ。

     昼間の厳しさを償うかのように、私は毎晩、息子に絵本を読んだ。償いの儀式だった。
     その一瞬だけは、間違いなく優しい母親だった。
     沢山ある絵本の中から決まって息子は「キラキラ」を手に取り、布団に入った。
     すっかり筋は覚えているのに、目をキラキラさせて私と絵本を交互に眺めた。

     「キラキラ」はこんな内容の絵本である。
     
         オビエという山の麓にキルとキリという兄弟が住んでいました。
         山には怪物がすんでいました。ある夜、弟のキリが怪物退治に出かけます。
         けれども何日たっても弟は帰ってきません。心配になった兄は山へ出かけます。
         そこで兄が見たものは……。        
         優しい怪物「キラキラ」の姿でした。

     
     先日息子に、「やなせたかし」さん、亡くなったね、絵本おぼえてる?
     と期待もせずに聞いてみた。
     「キラキラやろ。キリとキルの兄弟の話」
     40をこした息子は即答した。
     ああ、覚えていたんだ……、私の胸は温かいもので満たされた。

     やなせたかしさんは昔も今も、私と息子をつないでくれる嬉しい人である。
     日本中に私のように感謝している人が、いっぱいいるだろうな。

     
     私の応援歌はもちろん、アンパンマンのマーチ

         そうだ うれしいんだ  生きる よろこび
         たとえ 胸の傷がいたんでも
     
         なんのために生れて なにをして 生きるのか
         こたえられないなんて そんなのいやだ!

         今を生きることで 熱いこころ燃える
         だから君はいくんだ たとえ胸の傷がいたんでも
 
         ああ アンパンマン
         やさしい君は 行け! みんなの夢 まもるため