川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                 麗しの骨


     息が出来ないくらいの、背中の痛みに襲われた。
     息をするたび、肋骨や背骨がミシミシと音をたてるようだった。
     慌てて医者に飛び込んだ。

     「背骨が湾曲していますね」
     レントゲンのフイルムをを見せながら医者は言った。
     「そんな筈は」と口ごもったが、確かに背骨は緩やかに左側に湾曲していた。
     「お大事に」と医者は鎮痛剤とシップをくれた。

     そんな筈はと思ったのには理由があった。

     
     10年前の事である。私は頭部と顔面に大怪我をおった。
     退院後も2年間の通院が続いた。
     いよいよ、その日が治療最後の日となった。
     医者は背光板に、5、6枚のレントゲン写真を差し込んだ。
     私は丸椅子に腰掛け、その写真を眺めた。

     真っ直ぐな背骨が、フイルムの真ん中に伸びていた。
     そして童女のような儚げな頭部が、首の何個かの骨の上に乗かっていた。
     「まあ、可愛い」、不謹慎な言葉が口をついた。思わず出てしまったのだ。
     「本当に綺麗な骨格です」と、医者が褒めてくれた。

     このまあるい骨に包まれた脳の中で、私は泣いたり笑ったりを繰り返している。
     骨に体温はあるのだろうか。
     私の体の基となるべきものなのに、迷いも悩みも楽しみも、それらはすべて他人事だった。 
     血液を造るという激しい営みを続けているにも係わらず、そんなことはおくびにも出さず、
     健気に素っ気なかった。
     まぎれもなく私の体を支えているのに、馴染みがないせいか骨はよそよそしく他人行儀だ。

     白く浮かび上がる映像は、内側の私を、なんの感情も交えず写し出している。
     私はその美しいものに安堵をした。自分が肯定されたような気がした。
     背骨はあくまで真っ直ぐで、頭部は綺麗な楕円形だった。
     
     
     私に一体何が起こったのだろう。背骨が湾曲するほどの何が……。
     負の感情で、体が一回りも膨らむ頃になると、決まって骨はキシキシと痛み出す。
     「まあ、いいか。生きていればこその痛みだもの」
     命拾いをした私の思考は、常にそこに戻る。原点回帰。
     痛み止めを飲み、シップを貼る。