川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                     水棲生物  


     最近ダイオウイカやリュウグウノツカイなど、深海魚がよく水揚げされるそうだ。
     ダイオウイカは全長が4mもあるそうで、刺身にすれば何人前などと甘い事を
     考えていると、ためしに食した人によれば、水っぽく、その上アンモニア臭がひどく、
     食用には適さないという。
     独活の大木なんとやらである。

     一方のリュウグウノツカイなどという、浦島太郎や乙姫様を連想させる、ロマンティックな
     名前を持つ生き物は、太刀魚のように細長く、大きいものになると10mを越すのも
     いるそうだ。
     全身は銀白色で、背びれ・胸びれ・腹びれの鰭をささえる筋は鮮やかな紅色をしていて、
     神秘的な姿をしているらしい。

     地震の前兆ではないかと、世間はかまびすしいが、暗黒の世界から突如水面に浮上した
     深海魚の驚きは、いかほどのものであろうか。
     まさか、そのせいで目玉が飛び出すわけでもあるまいが。

     深海魚は海にだけ生息しているのではない。
     桜の頃になると、琵琶湖から深海魚があがる。
     花見をするとは、なんと風流な魚であろうか。
     その名を「イサザ」という。

     イサザは、琵琶湖固有のハゼの一種で、普段は水深70m前後の深いところに生息して
     いるが、桜の花が咲く4月頃、湖岸近くの岩礁帯にやって来るそうだ。
     薄茶色の体長は5センチほどで、頭と口が大きく、よくいえば愛嬌のある顔をしている。
     だが水面から出た時の水圧の変化で、口やお尻からプクッと浮き袋が飛び出すのは、まさに
     深海魚である。
     大豆と煮た「イサザ豆」の美味しさといったら……、癖になる大人の味である。

     桜が過ぎ、新緑の頃となると、毎年義母から大きなタッパーウエアが2つ、
     宅急便で届いた。
     琵琶湖の、小鮎の山椒煮である。
     義母は息子に食べさせたい一心で、心をこめて煮たに違いない。
     だが毎晩、深夜、それも日付けが変わってから帰宅する夫は、外食が多く、
     あまり口にする事はなかった。2つの容器のほとんどは、私の胃の中に消えた。
     山椒がきいて少しほろ苦い小鮎は、柔らかすぎず固すぎず、お酒はもちろん、
     ご飯にも最適だ。
     春から初夏にかけての琵琶湖の味は、湖畔の風景と共に、思い出をも味わわせてくれる。

     深海魚のニュースと同じくらい驚くことが、ここ大和川でも起きている。
    
     「汚い河、ワースト1」の、有り難くない形容詞を持つ大和川に、最近鮎が遡上している。
     「えっ! まさか!そんな!」
     と、驚かれるかも知れないが、これらの鮎は、エラの上の耳石に海から上がってきたという
     証拠があるそうだ。
     
     大和川の上流と中流の境目にあたる柏原市の堰堤(えんてい)に、魚道が設置されている。
     魚類の遡上状況や魚道内の生物生息状況の調査のためだ。
     毎年、大和川河川事務所・河川環境課によって、モニタリングが行われている。
     調査方法は、定置網と投網、それに電気ショッカーも使われるらしい。
     物見高い私は、モニタリングに参加した。

     投網が大きく弧を描いて開き、定置網が引き上げられる。
     何と、笹の葉のような流線型のアユの稚魚が3匹、網にかかっていた。
     一人前に銀色に光っている。オイカワやモズクガニなども入っていた。
     「子供の頃、モロコやウナギなど、沢山とれましたよ」
     大和川大好き人間の私は、調査員に得意気に話した。

     母方の祖父は網を打つのが得意で、父方の祖父はモロコを煮るのが上手かった。
     七輪に鍋をかけ弱火でコトコト煮ていた。たきあがるまで七輪から離れなかった。
     酒の肴に最高だったのだろう。
     だが子供の私には、その旨味や風味は分からず、見向きもしなかった。
     今となっては残念で仕方がない。
     祖父は共にお酒が大好きだった。旨い酒には美味い肴、というもくろみだったのだろう。


     江戸時代まで、大和川と淀川は大阪城の北辺りで合流して、大阪湾に流れ込んでいた。
     当然、淀川の水と大和川の水は混ざり合ったはずだ。
     淀川の水源は琵琶湖である。
     という事は、大和川にいくばくかの琵琶湖の水が流れ込んでいる……、かも知れない。
     もし、もしその時、小鮎も一緒に大和川へ……、その鮎のDNAが……。
     楽しいなあ、面白いなあ。
     子供の頃からの想像癖は、今も健在だ。

     堰堤を落ちる流れが白い飛沫を上げている。湧きたつ川特有の匂い。
     最初の一滴が生れた、深山の苔や岩石の匂いだろうか。

     魚道近くには、小魚を狙う鳥たちが集まってくる。
     白鷺や青鷺が片足をあげ首をかしげ魚を狙っている。
     嘴が水面に触れた! と思うや、嘴にくわえられた魚の尻尾が震えている。
     鴨が川面を漂っている。亀が甲羅を干している。
     じっと眺めていると、意外に生物は多い。

     大和川の目標は、「天然アユが100万尾遡上する川」だそうだ。
     実現するだろうか。