川上恵(沙羅けい)の芸術村 | ||||
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四月三日 私の生まれた村では、四月三日は『花見の日』と決まっていた。 肌寒い日が続き、桜の影が見えない年でも、四月三日は花見だった。 その日村中は、早朝から甘酸っぱい寿司酢の匂いに包まれた。 合わせ酢の匂いに交じって、干瓢や高野豆腐を煮含める甘い香りが、 家々の戸口や窓から路地をくぐり抜け、通りに流れる。 裕福な家もそうでない家も、例外なく巻き寿司を作るのだ。 当時、食べ物や食材は粗末だった。 具は卵焼き、三ッ葉、干瓢、高野豆腐、そして、自家製の古漬け沢庵と、 行き先は近くの大和川の土手か、遠くても玉手山だ。 思いもよらない所で、ばったり桜に出くわした時の嬉しさと驚き、 「あっ、桜! 桜が咲いてる。それにしても綺麗やねえ」と、 思わず洩れる独り言。これこそが私にとって、桜の相応しい愛で方なのだ。 天邪鬼のせいだろうか。 清楚にして絢爛、花弁の湿ったような冷たさ、昼と夜で風情が異なるおもしろさ。 夜桜の妖しさにいたっては、魔が潜んでいるとしか思えない。 死体が埋まっているとまでは言わないが。 河内には桜の名所が多い。 山沿いをはしる東高野街道沿いは、さながら桜回廊である。 北から南へ順を追っていくと、まずは交野市にある大阪市立大学付属植物園。 動物園ほどではないが、大人になると足が遠のく場所がある。 植物園もそのひとつだ。広大な敷地に四季折々の花々。ふかふかの地面、 香しい空気、中高年にこそお勧めの場所なのに……なにより人疲れをおこさない。 三月中旬の早咲きから、奈良八重桜が終わる五月上旬まで、 約二か月間も花見を楽しめる。おまけに天野の里の風景が素晴らしい。 中河内の八尾市では、蔕文庫舎の近くを流れる玉串川が圧巻である。 五キロにわたり千本の染井吉野が桜のトンネルを演出する。 落花の頃はさらである。花吹雪が水面を舞い散り彩るさまは凄艶だ。 花筏も風情がある。昭和四十年頃から周辺の住民が植樹の賜物だ。 少し下って、柏原市の玉手山・富田林市のPL。 桜と言えば西行。和歌山との県境河内長野市に、西行終焉の地、広川寺はある。
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