川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                      心がざわつく時は



     心がざわついた時は息子にメールを打つ。電話はしない。
     嬉しくて仕方がないとき、辛くて心が破裂しそうなとき。元気のないとき。
     今日のメールはこんなだった。

        件名  突然に出てくるんだもんなあ
     クリアファイルを探していたら、突然、お母ちゃんが出てきた。 
     いっぱいメモや作文が入っていました。日めくりの余白や封筒の裏、チラシの裏など紙切れに
     いっぱい書き綴っていました。
     いつか読もうと思って、私、忘れていたんだね。

     突然出てくるんだもんなあ……。
     涙なしには読めないよ。シクシク。
     ちょっと今、私、元気がないので励ましにきたんだねえ。母親やねえ。

     以下がそれです。

     ―― 久しぶりに娘の家に遊びに行った。娘は主婦にとって一番重労働の、アイロン掛けをしていた。
     「まあ、感心なこと」
     私はアイロン台が駄目になったので、座布団を二つ折りにしてアイロン掛けをしていると言うと、
     娘は、新しいアイロン台を買ったので、古いのをあげると言う。
     私は古いそれを見て、心の中でうなった。

     色あせたピンクともいえないそれは、山あり谷あり破れていたりで、どう繕えばよいか、
     しばらく考えていた。だが顔には出さず、
     「ありがとう、助かるわ」と、礼を言った。

     さっそく持ち帰り、山を平らにし綿でへこんだ部分を埋め均一にして、破れている箇所をつづくり、
     土台作りを済ませた。
     次は上に被せる布をさがしにかかった。
     押入れを探していると、孫達の地蔵盆の鈴の緒に使った水色の布が出てきた。

     奉納   潤七歳 優也三歳
     だいぶ墨の文字が薄くなっているが、懐かしいものが出てきたものだ。
     これにしようと決めた。
     縫い代を5センチとり、両横、底辺を縫い付け、上部の尖った所にゴムを入れて、台に固定させた。
     布は古いが新品のようになった。
     地蔵様からの贈り物だ。我ながら満足をした。

     早く娘に見せてやりたい。
     その前にまず孫に自慢した。7歳だった孫はもう27歳になっている。
     孫の言うには「おばあちゃん、そんなしんどいことせんでも、千円も出せば新品が買えるのに」
     と言われた。ちょっとショックだった。

     けれど私は戦中派で、物を大切にしなければいけない時代に育った。
     今の時代は、お金を出せばなんでも買えるが、廃物を更生させるのに意義があると言ってやった。
     世界に1つきりのアイロン台である。――


     素直な、ええ作文やね。
     けど中には、辛くて読めないのもある。
     もっと親孝行しておけば良かった。人は失って初めてその大切さが分るんだね。酷な事だ。
     悔恨をずっとひきづっている。

                                              はは


     折り返し、息子から電話がかかった。
     しばらく無言だったが、「15年ほど前のお祖母ちゃんやな」と言った。
     私は電話をくれて有難うと言った。
     母が亡くなって、もうすぐ3年目を迎える。
     もう3年なのか、まだ3年なのか……。