川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                  おおばんぶるまい


     今年の春、知人から菊の苗をもらって畑に植えた。
     「茎から芽が出てきたら摘み取ること」と、アドバイスと共に。

     しばらくすると、茎から柳のような細い枝が伸びてきた。
     摘み取る勇気のない私は、「しゃあないなあ。ええやん、ええやん、伸びたいだけ伸びたらええやん」
     と、そのままにしておいた。菊は元気よく伸びたい方向に伸び、私の根性さながら曲がりくねった
     ものとなった。

     私にはどうしても菊を咲かせたい理由があった。
     暑い夏も夫と交替でせっせと水をやった。たびたび肥料も与えた。

     秋になって蕾が沢山ついた頃、知人からアドバイスが届いた。
     「辛い作業だと思うけれど、大きな花を咲かせるために蕾を摘み取ってね」と。
     またもや意気地のない私は、
     「ええやん、ええやん。咲きたいだけ咲いたらええやん」と、1つの蕾も摘めなかった。
     
     そして10月半ば、黄・赤・白色の小菊が咲き、畑はカラフルになった。
     すっくりとした気品ある菊ではないけれど、私の菊は可憐でお茶目である。
     だが香りは淑女そのものだ。
     私は両手に抱えきれないほどの菊を切り取った。花束はずしりと重い。

     この新鮮な香りが逃げない内にと、まず母の眠っている場所に向かった。
     今年の夏に建てたばかりの墓石は艶やかに美しい。
     花立だけでは収まりきらず、茶道具の水差しにもギュウギュウ詰めにいけた。
     母の住まいは清々しい香りに包まれ、一挙に華やかになった。

     「お母ちゃん、私が咲かせた花やで。見えてるか、綺麗やろ……」
     「めえちゃん、おおきに。えらいおおばんぶるまいやな。この辺で私の墓がいちばん豪華版やな。
     ほんまに美しいな……」
     「ほな、またな」
     「気いつけて帰りや」

     両手の花束は半分になった。
     次に父の墓地に向かった。
     「ちょうど良かったわ。花立が空っぽやね、今日は菊一色やよ」
     「めえちゃんが畑か? どんな心境の変化や? けど嬉しいな。
     めえちゃんの手料理は食べられへんかったけど、手作りの菊を供えてもろうて」

     菊の花束は片手で持てるほどになった。
     次に祖父母の墓地に向かった。夕闇が霊園を包み込んでいる。
     「お母ちゃんは無事にそっちに辿り着いてる? 迷子になってへん?
     めえちゃんの傍に帰りたいって言うてへん?」 
     蝋燭の炎が私の両手を照らしている。

     もしあの世とやらがあって、極楽か地獄のどちらかで祖父母や父母が一堂に会しているとしたら、
     今夜は菊のおおばんぶるまい話で盛り上がっていることだろう。


     11月、畑は菊の真っ盛りである。
     明日また私は、両手に抱えきれないほどの菊を持って、会いに行く。


                                                      2011・11・11