川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                もう寂しくない



     海を眺めていたら切なくなってきた
     沖から波が押し寄せては白い泡になって砕け散る
     気が遠くなるほど繰り返される同じこと
     寄せては返し 寄せては返し
     そのたび濃くなる塩の匂い

     不意に
     不意に私は思い出した
     私は海から生まれたと
     最初はバクテリアだった 次は藻だった 次は魚だった 次は 次は……
     私は海から生まれた

     私のとしは65歳じゃない
     私のとしは38億65歳
     私は自分のとしを忘れるところだった 
     そう私は38億65歳
     思い出してよかった 忘れるところだった

     亡くなった人はみんな空にいると子供の頃に教えられた
     嘘だと思ってた
     でも私の歳を思い出した今日
     子供の頃教えられたことは本当だと知った

     もろもろの息 もろもろの体温 もろもろの排泄物……
     笑い声も涙も 
     目に見えない細かい細かい霧になって空に昇って行った
     そして地球の周りに漂っている 地球と一緒に回っている
     亡くなった人はみんな空なんだ

     そう、空なんだ

     もう私は淋しくない