川上恵(沙羅けい)の芸術村 | |||||||||
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世界遺産になるずいぶん前から、高野山は好きな場所だ。 春の石楠花(しゃくなげ)、夏の涼、秋の紅葉、雪の冬。 ことに五月の高野は緑の饗宴だ。 高野下駅、上古沢、紀伊細川……、列車はゆっくりと木立の間を、縫うように走った。 一駅ごとに霊峰の神秘が色濃くなる。 手を伸ばせば枝先が触れそうな近さに、山肌が迫る。片側は深い谷。 車内は緑色に染まっている。 短いトンネルを23数えると、そこは「極楽橋駅」。極楽、浄土への入り口というわけだ。 ここでケーブルに乗り換え、山上へと向かう。 清らかな鳥のさえずり、心がゆるやかに解きほぐされてゆく。 それにしても日本人は急ぎすぎた。走りすぎた。 現代にそのツケがきているように思えてならない。 もっとゆっくり生きようよ! スローライフという言葉が、しきりに脳裏をかすめる。 高野山は816年に空海が開いた、真言宗の聖地である。 全山に漂う霊気、凛とした空気、山全体が密教道場のようで、背筋が伸びる気がする。 山内には金剛峰寺をはじめ、120もの寺院が林立し、うち53ヶ所が宿坊である。 都から遠い高野山は、戦火にあうこともなく、多くの国宝や文化財が残っている。 山の正倉院といわれるゆえんである。 宿坊での一日は、朝6時半からの勤行にはじまる。 僧侶と一緒に経を唱え、その後、朝食をいただく。食事はもちろん、精進料理。 とろりとした舌ざわりのゴマ豆腐、伝統の高野豆腐の煮しめ……。 健康によいとされる「スローフード」の最たるものである。 1食一食を感謝しながら、ゆっくりいただき、じっくりと仏や自然と対話をする。 人生の滋味とはこういうところにあるのだと、気づかされるに違いない。
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