川上恵(沙羅けい)の芸術村 | |||
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エッセー | 旅 | たわごと | 出版紹介 |
狐 今年の成人の日は着物姿が多かった。 上背のある彼女達の着物姿は、華やかに迫力満点だ。 肩にはわずかな空気の揺れにも震えそうな、毛足の長い白のショール。 ふと、ある光景を思い出した。 何年前とはいわないが、私の若い頃、揃いもそろって狐の首巻を巻いていた。 正確には狐一匹を。それがステイタスだった。 狐にも器量の良いのと、そうでないのがいて、鼻の尖りすぎた意地悪そうなのや、 無表情なのや、美形なのと、微妙に顔つきが違った。 顔が大きくて尻尾の太いのを巻いている人は、羨望の眼差しを向けられたものだ。 顔の下に留め金のクリップがついていて、それを狐の胴の部分にかませる仕組みになって いた。 だらんとした4本の脚は、恨めしげに胸の辺りでゆらゆら揺れ、威厳を失った太い尻尾は 所在なさげだった。 ああ、思い出すだけで背筋が寒くなる。 若さというのは、なんと傲慢で、怖いもの知らずなのだろう。 どうしてあんな可哀想で恐ろしいものを、嬉々として首に巻きつけていたのだろう。 今なら触る事すらできないだろうに。 もし勇気を出して、清水の舞台から飛び降りる覚悟で首に寄り添わせたなら、 夜中にうなされること間違いなしだ。 ファッションはくり返されるという。 いま再び狐ブームが来たとして、皆がそれを首に巻いたとして…… 化粧を施した白い顔の下に、顔の尖った狐・狐・狐…… 成人式会場は、このうえなく不気味で異様な場所になるだろう。 いやいや会場だけではない。 電車の中も、信号待ちの交差点も、レストランも、アベノハルカスも通天閣も…… 正月には狐を祀ったお稲荷さんの境内にも。 ああ、恐ろしい! 悪夢である。 行き過ぎた動物愛護には首を傾げるが、街の中で狐の顔を見なくなったのは喜ばしいことで ある。 |