川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                近況報告


                 
    神経質な癖に、あまり後悔はしない方だ。
    思い切りもいいのだろう。
    過去を悔やんでも、済んでしまったことは、取り返しがつかないということを
    知っているから。
    平穏な人生を送ってきたわけではない。人様より少しは苦労の数は
    多かったと思うが、後悔はしたことがない。
    反省はするが後悔はない。それは確かなことだ。
    反省と後悔は似ていて非なるもの、後悔からは何も生まれない。


    一年前の日記にそう書いてある。
    笑ってしまう。ばかばかしくって自虐的に大笑い。
    なんという無知。なんという傲慢。涙が出そうだ。


    母が亡くなり、私は後悔の日々を過ごしている。
    それはまるで後悔漬け。

    もっと話を聞いてあげれば良かった……
    もっと相槌をうってあげれば良かった……
    もっと母の手を握れば良かった……
    もっと車椅子を押してあげればよかった……
    もっと日向ぼっこをさせてあげればよかった……
    もっと、もっと、もっと……

    まいにち泣いている。もう49日は過ぎたというのに。

    
    世の中には、取り返しのつかないことがあるのを知った。
    乗り越えなければならない悲しみがあることを知った。
    未来を断定すべきでないことを知った。
    なにより自分を知らなかったことを知った。
    母が大好きだったことを知った。


    そんな鬱々とした私を心配して、友人たちが色々な言葉をかけてくれる。

    いつまでも悲しんでいたら、お母さんが哀しむよ……
    その歳までお母さんと一緒に過ごせたんだから、幸せだったんですよ……
    貴女らしく生きないと、お母さん心配で天国へ行けませんよ……
    
    有りがたいと思うものの、言葉は私の耳を素通りする。

    私はひどくやつれ、疲れ果てた。
    そんなある日、私の心にストンと落ちる言葉と出合った。
    一つは、
    母親を亡くして数年が過ぎたけれど、僕はまだ母を引きずっています。
    快活そうにはしているけれど。

    そしてもう一つ、

    泣くだけお泣きなさい。思い続けるだけ思い続けなさい。
    無理して、忘れることはないのです。
    その内、母親の方から去って行ってくれます。貴女を心配して。
    それほど母というのは、凄いものなのです。
    母親が去って行くのを待ちなさい。
    

    ストンと、素直に心に嵌った。
    光りが見えた気がした。

    こうして人は、自分と相性のよい言葉と出会って、甦っていくのだろう。