川上恵(沙羅けい)の芸術村
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              奇病がなおった!




     突然に私を襲った奇病、「飲みたくない病」が治った。
     罹るのも突然なら、治るのもあっけないほどに突然だった。
     なんの前触れもなく、さよならも言わずに去っていったのだ。
     
     4人で日本料理店で会食をした。
     この店の鰹のたたきは最高だ。
     「お飲み物は、何になさいます」、着物姿の女性がにこやかに尋ねる。
     「お茶でいいです!」下戸の2人が答えた。
     「……」
     「皆さんが飲まれないなら、僕もお茶で結構です」
     空気を察した男性がメニューを閉じる。
     奇病に罹っている私は黙ったままだ。
     すると下戸の2人が同時に、大丈夫、彼女すごく飲みますからと、男性にビールを勧めた。

     それじゃ形だけでもと、私はグラスビールを頼んだ。
     ジョッキを持ちなれた手に、細長いグラスは儚げに心もとない。まるで淑女。
     シャンパングラスのような背高のグラスに、黄金色の液体と真っ白な泡が美しい。
     炭酸ガスの細かい気泡が底から立ち昇る。

     私は初めてお酒を飲んだ時のように、恐る恐るグラスに口をつけた。
     
     爽やかな喉越し、ほどよい苦さキレのよさ、これぞビールの味! 
     「うそ!!」                       
     一気に私はグラスの半分を飲み干した。
     ビールを美味しいと思って飲んだのは、なんと3か月ぶりであった。
     「治りました、飲みたくない病が治りました!」
     興奮気味に私は叫んだ。

     この日ほどうれしかった事は、ここ久しくなかったことだ。
     大げさに言えば、またバラ色の人生が始まるみたいな……。